【エッセイ】介護業界で働く母の苦悩と優しさ
「今日は嬉しい事があったんだ」
お風呂上がりの母が食器を拭きながらそう言った———
ケアマネジャーとして介護業界で働く母の元に、昔働いていたデイサービスから電話があったらしい。
母が働いていた頃から、そこのデイサービスには、
建設会社で働いていたが、脳出血で倒れ、体の半分が不自由なその方が通っている。
ただその方は、ごく一般的な利用者というよりかは一癖あるような利用者さんだった。
金のネックレスをジャラジャラと鳴らし、何かあると大声をだして威嚇をするような方で、母もよく怒鳴られては、説得していたらしい。
「今もその利用者さんに毎日のように怒号を浴びせられては、説得している」
と、電話をくれた元同僚は言う。
「ただ、その方はいつも鈴木さん(母)の名前を出すんです。鈴木さんならもっと俺の話を理解してくれたのにって」
担当していた当時は、そんな素振りさえ見せなかったその方は、今では母の名前をよく口にするという。
母は当時の苦労が報われたように、少しだけホッとした様子でそんな話を私にした。
きっと母もその人に対して、怖さを抱いていなかった訳ではないと思う。
でも、
「その人も仕事をしたくても、もうできなくて辛いんだ」
母はそう声を漏らす。
母にこんな苦労があったことは知らなかったし、そんな方を担当している話すら聞いたこともなかった。
どんな利用者さんでも一人一人ちゃんと向き合ってきた人想いな母を知って、誇らしく思った。
さすが私の母だ。
僕の心も、ホッと温かくなった。
私も母のように、人と真正面から向き合い、その人の思いを汲み取れるような人になりたい。
そしてこの話を聞いた時の私のように、幸せを感じる人が増えるといいな。
社会学や文化人類学の力を借りて、世の中に生きづらさを感じている人・自殺したい人を救いたいと考えています。サポートしてくださったお金は、その目標を成し遂げるための勉強の資金にさせていただきます。