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世田谷学園から塾なし現役で東大へ【③飛翔編】

【②離陸編】はこちら。


※参考 ここからの流れ・模試/入試日程
2023,1,2 共テ予想問題パック
2023,1,14/15 共通テスト
2023,1,21/22 東進東大本番レベル模試(東大型)
2023,2,5 上智大学TEAP利用試験日
2023,2,12 早稲田大学文化構想学部試験日
2023,2,13 慶應義塾大学経済学部試験日
2023,2,15 早稲田大学法学部試験日
2023,2,16 慶應義塾大学法学部試験日
2023,2,25/26 東京大学試験日

共テまでのカウントダウン


2023年が明けた。

年が明けたとともに、河合塾の出している予想問題パックを解いた。元旦に自分だけの共通テスト模試である。結果的には、問題が簡単だったということもあってか、87%近い点数だった。

セットが終わってから近所の神社にお参りに行ったら、よい星空が望めた。星空の写真を撮って星座を当てはめてみた。ちょうどよい気分転換になった。

2023/1/1の星空



年末年始はそうやって自分だけの共通テスト模試を繰り返した。そしてもちろん、徹底した復習を行って「教訓点」を蓄積していった。

ここで少し余談になるが、1/7頃に私大の出願手続きを行った。私大の出願は毎年ちょうどこのくらいの時期だと思う。事務作業でやることも多いので、勉強計画を立てる際は、そのための余裕を持っておくとよい。


さて。
年末年始が明けて本当の直前期に入ると、化学基礎と世界史の共通テスト型問題を大量に解いて最後の底上げを狙った。また、予備校の作る予想問題が本番と少し違う「クセ」を持っていることは把握していたので、最後の一週間には予備校の問題を解くよりも共通テストの過去問や試行調査を多く解き(初見でなくて構わない)、それらをゆっくりじっくり分析した。特に現代文の選択肢の作り方などでは、予備校とホンモノとの間に差が出る。ホンモノの方がうまく作られていることも多く、やはり最後はホンモノに触れておいてよかったと思う。


共テまで残り一週間を切った。
カウントダウンで減っていく日数を前にしても、案外不安はなかった。一日一日を大切に過ごして「あと何日」と噛みしめて過ごしていた。いや、不安が全くないと言ったら嘘になる。けれども、やはりこれからすべきことがわかっているだけで、不安度はだいぶ違うと思う。当時、自分は共通テストまでに最後何をどう対策をしていくか決めていたし、共通テスト前日にすること、当日にすること、試験会場に持っていく参考書やノートもすでに決まっていた。あとは、実行するだけだ。点数のことはあまり考えなくなっていた。残りの日数でのto doは、こうして自分自身で決めたプランに沿って行動する、それだけだった。

共テ前日はよく晴れた日だった。
当日の予定と同じ時刻に起きて、
当日の予定と同じ時刻に電車に乗って会場に着いた。

調布の電気通信大学。駅近でアクセスはすばらしい。
大学の中まで入るのはこの時が初めてだった。


大学入口
受験票を見せ試験室を確認するゾーン
試験室入り口
わかりやすく案内が出ている

大学のキャンパス内は通勤通学で校内を通り抜けるような人ばかりで、見学しやすかった。年末年始に下見をしていた友人もいたが、僕は前日に行った。前日なら、ある程度試験会場が用意されていて、こうした案内を確認できるからである。自分の試験教室はわからなかったが、試験室がどのように振られているかは理解できたし、窓から教室の様子も何となく覗くことができた。これで不安は薄れた。明日は、今日と同じようにここにきて、席についていつものように問題を解けばいいだけだ。心情は、むしろ覚悟へと変わっていった。いよいよ明日だぞ、やってやる、ふぅーっと深呼吸、そんな気分で校内を歩いた。

家に帰ってからは、新しい問題は解かず今までやってきたことをもう一度復習し、再び「避けたいミス」を一覧にまとめた。


前日に書いた注意事項集

前日ともなると、ミス防止の策を練るのが一番効果的である。問題を解く順番や自分の解答を見直す手順、万が一マークミスしてしまった時の対応策などをイメージした。

やることはやった、と思って床に就いた。

目をつむって深く深呼吸し、肩の力を抜いた。


祭り当日


時間通りに目が覚めた。昨日と同じように目が覚めた。
どうやら、床に就いてすぐに寝られたようだ。


前日と同じように行動した。
予定通り朝ごはんを食べて、何の異常もなく電車に乗った。
駅から会場へ向かう途中で、クラスメイトと遭遇した。その後会場入口でクラスメイトが何人か集まり、なんとなく緊張はほぐれていった。

試験室へ案内された。
あまり広くない教室の最後尾、角席だった。
当たりくじかな。

縦に長い教室だった。

ここが僕の祭り会場である。
今、全国50万人の共通テスト受験生が緊張した面持ちで試験開始を待っているのである。祭りだ。日本一デカイ試験。最高の祭りだ。共通テストは、祭りだ!!!!!!!!

※2023年度の大学入学共通テスト志願者数は51万2581人。

緊張している受験生にはこう言ってやろう。
緊張しているのは、みんな同じだ!
その数50万人!!
全国同時で50万人が等しく同じ体験をするのである。
全員平等のペーパーテスト!
最高にエキサイティングだ!!!


さて。
エキサイティングとは思いながらも、僕は落ち着いて会場を観察した。冷暖房はどうなるだろう、窓の位置は?空気はどう通る?寒いかな熱いかな。わからないので、着脱しやすい服を自由自在に重ねていたし、靴下も2種類持ってきた。状況に適応する準備は万端だった。(写真に写っている机上の服を見てもらえばよくわかると思う。)

試験そのものの内容に先立ち、この関連の話をしておこう。
試験当日、試験開始前後に窓を開けられて少し寒かった。が、暖房が効いてくると暑かった。なので、着脱しやすい服で来て正解だった。
また、自分はお昼ご飯後に室温が高いと眠くなってしまうので首に冷えピタを貼った。これ、あまり知られていないがとてもよい。なんとなく集中力も上がったように思える。気のせいかもしれないけれど、首を冷やすとすっきりとした気分で試験を受けられるので、おすすめしたい。
一方、椅子はひんやり冷たかったのでズボン後ろのポケットにホッカイロを忍ばせた。これもやってよかった。お尻が冷えると気分も落ち着かない。

では、試験そのものの話。

始めは世界史・地理だった。落ち着いて解けた。世界史でむむ?っとなる問題があった。シャルル10世あたりの問題だったかと思う。迷いがあったが、しょうがない。諦めてあまり自信のない答えをマークした。
地理は、新傾向を見て、「おもしろいな!」と思った。ほかは、いつも通り解けた。
続いて、国語。現代文の第一問が重かった。ううっこれはめんどい!となるような設問。建築論に関する面白い文章だったが、若干読みにくく、解答も選びにくかった。だいぶ時間を費やしてしまったが、第二問の小説をすばやくとくことができ時間は間に合った。古典は、やっぱり、あまりできなかった。まあ、でも、これがいつも通りだ。最後に伸びることはなかったみたいだ。
一日目最後は英語でリーディングとリスニング。いつも通り、という感触だった。
科目間には潤沢な休憩時間があり、マインドをリセットして散歩したり友人と談笑したりするのにはよい機会だった。この際、受け終えた試験の話をしないのは当然である。直後の答え合わせなどの「誰も得しない会話」はするだけ無駄だし聞きたくもない。

無事、一日目が終わった。溢れる受験生の波に乗って駅まで戻った。ゆっくりと帰った。これで終わった気になってはならない。明日がある。気を引き締めたまま試験終わりを過ごす、少し変わった体験だった。


翌日、早めに祭り会場に入った。ちなみに、同じ教室に複数のクラスメイトがいた。席は近くなかったが、知人が同じ教室にいるとやはりそこまで緊張しなくて済む。

二日目。落ち着いて理科基礎を解いた。「こんなに簡単でいいのか?」と思わされるセットだった。

続いて数学。時にネックになっていた共テ数学も、これで人生最後になるだろう。記念すべき最後の共テ型数学を、想定通り解いて、想定通りの感触を得た。良い点ではないが、かといって悪い点ではないだろうと思った。


友人と話しながら帰った。
一山超えたのだ。まだ私大や二次試験が控えているとはいえ、祭りは終わった。
気が抜けて、声が出そうなくらい「ふぅ~~」と息を吐きだした。


家に着いた。
音楽を聴いて時間を潰した。
夜、解答が出た。

静かに、採点。
恐ろしい点数が出た。
自分自身でも信じられず、家族を招集してまで採点確認を何度か行った。


出てしまった。
人生最高点。本番で全科目平均が9割を超えた。


そういえば、「本番で最高点もありうる」とは聞いたことがあった。
本当に、そうなった。
3年間、本気で共テと向き合ってきてよかった。
最後の最後、徹底したミスつぶしの追い込みも効いたのだと思う。
以下、共通テスト模試・本番の得点推移をまとめた表だ。

得点推移

やはり、予備校によって難易度は違い模試の得点のブレが大きかった。けれども、カクカクしながらも、引いた視点で見れば成績のグラフは右上を向いていた。大きな達成感を感じた。本当に9割取れるとは、正直思っていなかったからだ。「おお!でるもんだな!」と驚いた。


共テ対策に使った問題集や共テ過去問・模試問題など

共テ翌日は、気が抜けて、ゆっくり休んだ。

2日後くらいからは、私大・二次型の学習に復帰した。この期間の学習方針も何となく予定立ててあったので、すんなりと共テから離れることができた。

共テから数日後、共通テストリサーチの判定が出た。そう、高2から長く意識していた私大の共通テスト利用である。早稲田法学部はA判定、政経(政治)でC判定だった。9割でもC判定かあ、そうだよなあ、と思いつつも、「共テ利用で早稲田はかっけえな」という一年前のあこがれが達成されるかも、と感じ嬉しかった。

私大へ

※参考 ここからの流れ・模試/入試日程
2023,1,21/22 東進東大本番レベル模試(東大型)
2023,2,5 上智大学TEAP利用試験日
2023,2,12 早稲田大学文化構想学部試験日
2023,2,13 慶應義塾大学経済学部試験日
2023,2,15 早稲田大学法学部試験日
2023,2,16 慶應義塾大学法学部試験日
2023,2,25/26 東京大学試験日

私大は、未知数だった。
受けて受かるのか、わからない。
点数も得点調整が入ることがあるうえ配点が不明なのでわからない。

未知数の私大……。
東大と併願とはいえ、東大より怖いといっても過言ではなかった。東大より未知数の要素が大きかったからだ。


にもかかわらず、僕は結局、共テ前と同じように世界史論述をやりまくった。

私大の怖さよりも、「東大世界史がまだまだ完成していない」という焦りが勝った。


My世界史論述帳


東大世界史の過去問解答例の分析

客観的にみると不思議なことなのだが、私大を怖いと思いながら、東大世界史の対策をしていた。まあ、私大を世界史で受けることが決まっていたので、世界史の勉強をすることはある程度理にかなっていた。
とはいえ、あまりにも世界史に絞り込んでいた。目の前でやり始めたことに猪突猛進で進んでいた。あの頃の記憶はあまりない。毎日マシンガンのように世界史の学習をした。なぜかは、、やっぱりよくわからない。たぶん、すごく楽しかったからやめたくなっかたのだろう。もちろん焦りもあると思うが。
ただ、ひとりで黙々とやっていたからではなく、クラスメイトのH君とはしばしば受験世界史の問題を作って互いに出し合っていた。彼も当時、多くの時間を世界史に割いていたと思う。だいぶガッツリとした記述問題を作って出し合ったり、ビデオ通話をつないでお互いの答案を評価したりしていた。そういえば、彼とは地理の問題を出し合ったこともあるし、よく「入試問題を作りたい」とさえ言っていた。普通の受験生からすると少し変わっているのかもしれないが、とても楽しい時間だったし、僕にとっても、全く苦を感じずに地歴の学習ができたのは彼の存在が大きかった。


共テのちょうど一週間後、東進の開催する最後の東大型模試を受験した。共テのことをさっぱり忘れて東大に気持ちを向ける、良いタイミングの模試だった。東進でもA判定を、というのが目標だったのだが、結果、B判定しか出なかった。数学が、死んだ。二学期に立て直した数学で偏差値が45.9だった。
やべえな、と思いつつ復習分析し反省した結果、「東大入試本番では関数・軌跡領域を確実に得点しよう」という戦略が固まった。



上智の警鐘


私大と東大の対策を並行しながら、2月に入った。
私大の対策、といっても過去問を2年分くらい解いて傾向をつかみ、復習で戦略を立てるだけだが、やはり傾向をつかんで戦略を立てるフェーズが重要だ。

2/5。人生で初めての私大入試を受けに行った。
上智大学TEAP利用入試。そう、9月に受験したTEAPを英語成績とするから、会場で受験するのは国語と世界史だけだった。
上智大学はキャンパスの雰囲気の観点などから本当に好きな大学だった。
少しワクワクした気分で会場入りした。


上智大学



試験会場


またまた最後尾の角席!
俺はついてるなあ、と思って試験に臨んだ。

国語は何となく乗り切り、
期待していた世界史論述、やっぱり戦争と平和に関する設問だ!
楽しんで解答。まあこのくらい書ければ論述にしてはよいだろう!


と思って試験終了の時を迎えた。
よし、上智終わり、、と思ったその瞬間……。

体が凍り付いた。


向かってくる試験監督の手には、前方の受験生から回収した解答用紙が重なっている。その表面には、黒い丸が……。


あれ、僕の解答用紙は、、、
なんと、マークシートがまっさらだった。


どうやら、論述を楽しみすぎて、マーク式問題5つ分のマークを塗り忘れてしまったようだ。問題用紙には解いていて答えも出しているのに、塗り忘れた。後悔というより、衝撃だった。


こんなことが起こるものか。
想定外の事態に初めて出くわした。


客観的に分析すれば、私大の場合、共テや東大と違い解答用紙は初見で、見慣れても書き慣れてもいなかった。しかも問題形式も体に染みついてはいない。だから間違えたのだ。



「あちゃーーーーーー。私大受験、何というスタートだ」、と思いながら一人歩いていた。市ヶ谷でマックに入った後、なんとなく靖国神社へ参拝しに行った。


僕の大好きな上智大学は、「調子に乗るな」と警鐘を鳴らしてくれたのかもしれない。感謝である。



上智の試験後は次の早稲田の試験まで少しブランクがあった。早慶・東大の過去問を解いたり見直したりしていたと記憶しているが、といっても、頭の中は世界史一色だった。

(世界史の先取りと鉄緑会勢について)
ちなみに、東大に入ってから知ったことなのだが、鉄緑会に中一から通っていた東大文一のYくん(都内の某名門高校卒)は、高二で世界史の通史を1周し終わっていたため地歴では先取り無双をかまし東進模試で志望者内1位だったらしい。そんなやつと戦ったんだと思うと僕の焦りはたしかに正しかった。鉄緑会勢は高二で世界史一周が終わっているのに、僕は高三の9月に初めて全範囲が終わったのだ。差が大きすぎる。
ただ、この話を聞いて東大を恐れる必要は無い。彼は世界史が49点で全科目合わせると最低点+60点以上という余裕の合格を果たしているが、正直入試結果自体(合否)に差は無い。僕は世界史38点で合計も+20点だが、これでよいのだ。受かればいいのだから、彼ほどにまで高得点をとる必要は無い。だから、鉄緑会のやつしかいけない、という訳でもないし、合格に届くラインを目指すだけなら、高二春からでも全然間に合う。鉄緑会にいかなくても、東大には受かる。

2/10以降には、共テ利用の合格が順に判明し始めた。これは本当に嬉しかった。早慶受験の前に、早稲田合格を確保しておけることは、精神的に非常に有利だ。後輩にもぜひ勧めたい。

2/10。初めての共テ利用合格は早稲田の社学だった。



というわけで、2月中旬、世界史を最後まで詰めて詰めて詰めていて、私大入試に突入した。僕は私大入試で数学を取らず全て世界史選択だった。

早慶ウィーク

※この時期の状況は、試験日と合格発表、私大対策と東大対策が混在しており、話の前後関係がわかりにくくなってしまうので、話の内容ごとに章をわけている。章ごとの区分けは基本的には時間軸に沿っているが、「早慶ウィーク」中にも私大の合格発表が出ていたり東大対策に触れたりしていたことを付言しておく。


早慶は、過去問を解いても感触が悪く、受かる気はあまりしていなかった。だから、半ば「どうにでもなれ」と思ってあとはできるだけの対策で試験時間内に最大得点を目指すだけだった。限られた残り時間を考えた上で戦略を考えた。各試験に特有の頻出分野を演習する、というような時間は無いので、持っている力をどう発揮するか次第だ。となると、一番重要なのは時間配分。形式を一通り確認して、解く順序や点に繋がりやすいポイントを整理した。


まず、初日は2/12の早稲田大学文化構想学部。看板学部では無いもののそこそこ難しい。
まず、キャンパスの雰囲気にワクワクした。まるで、祭り。駅から続く、人、人、人。

早稲田駅から早稲田大学へ

応援団の団員が出て通行の整理をしていた。異様な盛り上がり。試験室に入ってやっと落ち着いたが、Theワセダという感覚を受けた。窓から眺める大隈講堂。これも壮観だった。加えて、試験会場はかの有名な政治経済学部の3号館。古き良き建築と現代風の建築が融合した美しい建物だった。

早稲田大学政治経済学部が使う建物の内側。3号館という名称。


いつも通り服の着脱に気をつけながら、過去問をパラパラ見た。試験開始の合図が出た。

まず、英語。過去問通り。むずすぎる大問があったが、あまりにも難しいので半ばあきらめて他にリソースを割いた。(こういう判断が私大受験では結構重要である。)
国語。とても面白い文章だった。現古漢融合は、こレからの時代において古典が果たす役割を感じさせられた。科目としての古典廃止論が出る中、現古漢問題を解くと、古典も捨てたものではないなと思わされる。今年は特に良い文章だった。
世界史。過去問通り。

休憩時間には、食事をとったりキャンパスをぶらついたりした。入試本番もけっこう楽しめた。


窓から眺める大隈講堂方面。
帰り道もフェス!


帰り道は驚いた。これまた人、人、人。ぞろぞろと受験生が出ていく忘れられない光景である。


帰ってから、世界史を中心に復習をした。いくつか抜けている知識があったので、補填した。



その翌日、2/13は慶應義塾大学経済学部の試験日だった。
前日とは打って変わって、東京を飛び出し日吉へ向かった。
実は日吉に行くのはこの時が初めてだったが、ホールのような大空間が試験会場になっており、なんとなく暗く閉鎖的に感じられあまり居心地はよくなかった。

慶應義塾大学日吉キャンパス
地下の大ホールのような教室(写真ではわかりにくいが後方に広い)

慶應経済の試験は難しい。
慶應経済の英語には、私大には珍しく相当な語数のライティングセクションがある。前半部分に読解で使用された英文を参考・引用に再利用しつつ自分の意見としてまとめ直す、という面白い形式で、TOEFLと非常に似ていた。自分はTOEFL対策を夏に積んであったのでこの形式には自信があったし、実際なかなか良い答案を書けたと思う。当時は無駄かもしれないと思われていたTOEFLの学習も、こうして活きた。
英語の次は世界史だった。
ここで、なんと、前日の早稲田とほぼ同じ出題があった。

二日連続、早慶でほぼ同じ問題が出た。

ここからわかることは、入試も復習して穴は埋めていくべきだということ。
ちなみに、これが「中国の社会経済史」分野からの重複出題だったため、後日、前時代にわたって中国の社会経済史をすべて論述にまとめた。

(↑よければどうぞ。)

すると、なんと、ここから東大第二問の中論述がそのまま出たのである。

私大の入試問題はほかの私大、そして国公立大の入試にまで活きる、よい教材だ。しっかり復習しよう。ネット上で、早ければ当日中、遅くても3日後までには複数のサイトや予備校などで公開されるので、活用しよう。

ちなみに、2022年の世界史では早稲田法学部と東大文系でトルキスタンの大論述が出た。これは「ほぼ同じ」問題である。

結論。
・受けた大学の問題は必ず復習して穴を埋めていこう。
・入試で弱いジャンルが見えたら次出たときに得点できるよう、しっかりと対策しておこう。

話を戻す。
慶應経済の世界史の試験は、前年とほぼ同じ問題がもう一度視点を変えて出題されたものもあった(ブラントの東方外交)。時に軽視される最新年度の過去問もやるべきということになるだろうか。難易度や分量については、過去問通りだった。

最後に小論文。
こちら、例年なかなか興味深い文章が来るため楽しみにしていた、のだが、今年はつまらない出題だった。東大の友人は「ウミガメのスープ問題」と言っていた。確かにそうだったと思う。難易度的には、少し残念。
だが、小論文の対策をほぼしていなかった僕からしたら、ラッキーではあった。


夜、帰ってから採点をした。正直、落ちたなと思った。英語のマークが6割ちょっとしか取れていなかったからである。慶應経済には足きりもあり、この点数はなかなか渋い。やはり早慶の壁は高いな、と思わされたものだった。


慶應経済の翌日はオフ日だった。この日、東大の受験票が公開され、いよいよ東大受験という本命の舞台が近づいているのだと実感したものだった。
慶應経済に落ちたと思っていても、やはり早稲田の共通テスト利用に通っていたことは精神的に大きかった。早慶の一般入試で「絶対受かったな」と確信できる人はごく一部だ。むしろ、そういった人が落ちることもある。だから、共通テスト利用を頑張ろう。早稲田を取れと全員にいうことはできないが、東大志望者でなくとも、共通テスト利用でMARCHを抑える、というような受験戦略はなかなか有効だと思う。

2/15。再び早稲田の地に赴いた。
早稲田法学部の一般入試だ。共通テスト利用ですでに合格をもらっていたが、一般入試でも受かってやろうという意気込みで会場へ向かった。
早稲田の法学部は、比較的良問が多い。現代文の最後の問題は100字以上かかせる論述形式で、忌避する人もいると思うが国公立に似ており、東大の現代文対策と重なるところがある。また、英語の英作文はイラストを見て描写する形式で、昔の東大英語を彷彿させる。最後の世界史はちょうど良い難易度の確認テストといったセット。国立志望者にはぜひ早稲田法学部の受験を勧めたい。


入室時
お昼休み


試験終了後


試験終了後、勝手に大隈講堂に忍び込んでみた


この日、実は試験時間中に早稲田大学政治経済学部の共通テスト利用の合格発表があった。

早稲田大学・政治経済学部・政治学科・共通テスト利用入試

これには、正直驚いた。
9割越えを当然とした戦いで、今まで夢にまでみた早稲田の政経だ。
本格的に受験を考え始める前、高一・高二の頃に抱き始めた大胆なアスピレーション、「早稲田を共通テスト利用で抑えたらかっけえな」の、頂点だった。
受かるもんだな、と思った。もう、怖いものなしだな、という流れだった。

しかし、調子に乗ってはなるまい。

明日も慶応の試験があるから、また同じサイクルだ。
前日の早稲田で出た問題が、翌日の慶応で出るかもしれない。

この日も当日の世界史を復習して、床に就いた。
入試自体に、だんだん慣れてきて、不安はなかった。


2/16。
不安はないといったものの、慶応法学部には恐れ慄いていた。世界史は自分のカバーできる範囲をはるかに超えた詳細な知識が問われるし、英語には自分の得意な和文英訳や英文和訳がない。完全マークの試験だ。しかも、最後の論述力は合計1000字書かなければならない。

あまりに自分と相性が悪いような気がして、あまり過去問を解かないでいった。とにかく、過去問に目を通して戦略立てるくらいのことしかできなかった。過去問を解いたとしても合格点を取れないだろうと思ったからである。

正直、受かっても落ちてもどっちでも良い、という気で受けにいった。


この日の日吉は、良い天気だった。


試験会場の建物内部

あまり慣れない試験だったが、とりあえず、できる限りのことをした。取れるだけの点数は取ったと思う。

ちなみに、論述力の試験はとても面白い問題だった。常日頃から考えてきた政治関連の話題に関連していたので、高校のレポートか何かで一度書いたことのあることを書くことができた。その点では、うまくハマった。


私大の合格発表

※この時期の状況は、試験日と合格発表が混在しており、話の前後関係がわかりにくくなってしまうので、取り合えずこの章では私大の合格発表に関する話をまとめてしまう。

私大入試の全体的な感触は、慶応落ちたかな、早稲田は受かったかな、といいう感じだった。結果的には以下のようになった。

得点率はネットの解答例を参考にした自己採点。

慶応法学部と早稲田の文化構想の合否発表は比較的早かったように感じる。一方、早稲田法学部と慶応経済はそれぞれ東大入試の前日と1日目に発表が被っていた。入試スケジュールを立てていた頃には東大入試への精神的な影響を恐れて「合否発表は見ない」つもりだったのだが、結局、見てしまった。

早慶の他学部ですでに受かっていたから見ても問題ない、と判断したからだった。
慶応経済の合格が一番驚いた。採点して悪い点数だったのに、どうにか引っかかったみたいだ。東大入試1日目の帰り道、驚いたものだった。
(本当はこのタイミングで合否発表を見ることは良いことではない気も、するのだが……。多分、我慢するのはそうとう難しい。)

ちなみに、後日談にはなるが、入学金は最終的に慶応経済に納めてたので(両親に納めていただいたので)、東大に落ちたら慶応経済に行くこととしていた。

東大へ

さて、私大入試でどれだけ合格を貰っても、文系日本一のラスボスが待っていた。駒場で行われる東京大学文系の試験だ。

自分からしたら、そもそもこの舞台に立てることが光栄である。
ちなみに、Hくんも僕と同じく東大文一の志望だった。

2月中の東大対策としては、2020~2022年といった比較的新しい過去問を解き、Z会の講座で添削を受けた。復習はいつもと変わらず自分のノート法に従った。

またこの時期には、過去問セットの復習にとどまらず、英語では「和文英訳ノック」、国語では「120字攻略」数学では「関数・軌跡領域のまとめ」、地理では「日本地誌対策」と題した分野別対策を行なった。

この頃に考えていたことはただ一つだった。どうすれば、一点でも高く取れるようになるか。最終的には、世界史の伸びしろに賭けて、東大世界史20年分くらいの問題・解答解説(駿台青本)に目を通すという戦略に走った。対処療法的であまり良い方法に思えないが、最後、そうするしかないと思ったし、多分、それくらいしかできることはなかった。直前期に現代文をやりまくっても対して点は伸びないだろうが、地歴なら、最後まで伸びる。
あとは、英数国でミスを減らす努力をすることだ。特に英作文など。ここの極め方は、共通テストと同じだ。

どんなテストでも、本命の試験の直前期は、「最後ののびしろを見極めて伸ばす」「ミスを撲滅する」ことが要である
僕は前日までこの作業を続けた。「直前にセットをといた方が良いのでは」という迷いも若干あったが、そんな余裕はなかったし、個人的にはセットを解かなくて良かったと思う。最後の最後、点を取れていなかったら萎えるだけだし、だったら苦手分野を最後まで詰める方が良いだろうから。


和文英訳の訓練


関数系のまとめ



この時期の学習に正解はない。自分にとって良さげな方法を模索し、選んだ道を正解に変えてゆこう。最終的に伸びれば、受かれば、それが正解になる。

今ではこんな偉そうにアドバイスを書いているが、当時は僕も不安があった。直前期の受験生は、時間が少なくなってきて逆にどうしようと迷う時もあるだろう。僕の場合は、共通テストの時と同様、直前一週間くらいのto doをすでに決めてしまっていた。直前期は迷いが生じやすいので、計画に従うだけで過ごし切った。

そうやって過ごしていて、気づいたら東大入試前日だった。
前日の過ごし方も、共通テストの時と同じだった。
試験期間は、特に「同じ」にこだわっていたから、前日には当日と同じ時刻に起床し、試験開始と同じ時刻に大学へ行って見学をした。これが当日のイメトレになる。

自分の試験会場の位置を把握


午後は、世界史をやり、英数国のノートを見直した。床に就いた。不安で眠れない、ということは特になかった。

翌日。2/25。
東大入試初日。運命の日だ。

開門を待つ列。東大駒場。
11号館2階の試験室

僕の運命の舞台は、またまた最後尾の角席だった。なんという偶然だろう。僕の大事な試験は、全て最後尾の角席で受けたことになる。

しかもこれ、共通テストの時の電通大と同じタイプの机である。
いろいろな点で、慣れた舞台になっていた。環境は揃っていた。

あとはやるだけだ。

国語。模試と同じように、できるだけのことをやった。
現代文は面白い文章だなと思って解くことができた。一方、古典は最後まであまり感触は良くなかった。自己採点すらしていないので出来栄えはわからないが、おそらく古典はそこそこに留まったと思う。

数学。これは、ページを開いて驚愕した。昨年はダントツで難しかった数学が、突如超簡単な二問から始まった。驚いたのは僕だけではないはずだ。でも、簡単な問題は、その分、ミスしたら終わりということだ。冷静に解き切った。二完は固いかな、と思って試験を終えた。

1日目の帰りに慶応経済の結果を見てしまった。受かっていたので良かった。波に乗って、二日目に入った。


二日目の朝

二日目は地歴と英語の試験。
地理。これは解いている瞬間が最高に楽しかった。模試や過去問と同じように、面白いと思いながら解くことができた。ちょうど地歴の半分くらいの時間で解き終わったと思う。
世界史。最後の最後に詰めて詰めて詰め込んでどうにか間に合ったかという科目である。間に合ったかどうかは分からない。できる限りのことをした。第一問は、少し書きにくいような気がして、書いた後も微妙な感覚が残った。時間がもう少しあれば、もっと良い答案を書けた気がしてしまう。「む〜。ここまでか〜。」という感触で試験を終えた。

昼休み。散歩して気分をリセット。
英語に臨んだ。
英語の試験は、模試や過去問と同じようにはなかなか行かなかった。「30年後の交通手段の変化」といったような内容の英作文で、何をどう書こうか随分と悩み、だいぶ時間を浪費してしまった。この時間不足のせいで少し焦りも生じた。試験時間のちょうど半分頃に行われるリスニングは、地獄のような音声だった。何も聞こえん。一生の中で聞いてきたリスニングの試験問題の中でも、史上最悪の音質だった。東大リスニングが聞こえにくいのはそこそこよく知られていたが、これは大学の設備というより、そもそものナレーターの話し方の問題なような気がしている。大学の設備で音割れしていて、というより、ボソボソと聞こえにくい英語を話しているのである。多分、部屋による差はそこまでないと思う。

東大入学後にこの点についていろんな意見を聞いてみてわかったことは、
・どうやら、理系は聞きやすかったらしい。「模試と同じくらい」とのこと。
・文系は、全員が「聞きづらい」で一致。「模試より断然聞き取りにくい」。

といったところである。文系と理系でなぜ音声を変えるのかは分からないが、どうやら聞きやすさは全く違うと思われる。この辺りについては、真相が全く分からない。

しかし、まあ、文系の受験生も、「聞こえづらい」と思いながら全員が解いているのだから、自分だけではないし、そのせいで落ちることも多分ないだろう。その点は安心して良い。が、あまりにも聞こえないので僕は試験中に発狂しそうになった。怖くて自己採点もしていない。
でも、多分、「他の受験生と比較すれば」そこそこは取れていたんだと思う。だから、リスニングをやった意味がなかった、というわけではない。思うような点数は取れなかったが、それでも他の人よりは聞き取れたはずであり、それはいままでリスニングをしっかりやってきたおかげである。
将来の東大文系受験者も、ひるまずリスニング対策を頑張ってほしいと思う。

リスニングの終了後は、慌てて残りの問題を処理した。焦りもあったがどうにかできるだけのことはしたはずだ。4Aは捨てると決めていたので、ややテキトーにマークして試験は終わった。「終わったぁ〜」という達成感は全くなかった。あまり良い試合をした気分には感じられなかったので、「む〜。ここまでか〜。」と思った。頭の中が空っぽになったような感じで、特になんの喜びもなかった。

他の受験生がどうだったのかはよく分からない。
なんとなく、「へえ。終わったのかあ。」と漠然と思った。

「僕はまた駒場に戻って来れるだろうか」と思いながら駒場を後にした。

飛べ

東大入試後には、卒業式で答辞を読み、のちオーストラリアに赴いた。

ブリズベンの街並み
メルボルンのフリンダースストリート駅
グレートオーシャンロード

一週間一人で旅をして、いろんな人と話しいろんな景色を見た。
東大ブランドなんて誰も知らない異文化で過ごすのが楽しかったし、所詮The University of Tokyo だって An University in Tokyo と変わらないじゃないか!と思って日本に帰ってきた。

合否発表


日本に帰国した当日昼、東大の合格発表があった。あまり焦りや不安はなかった。

無事、受かった。
おお、受かった。
落ちているのが怖いとは思わなかった。
全てはご縁だから、ご縁のあった大学に行ければそれでいいと思っていた。

むしろ、高校や友人からの期待を感じていたので、周囲が「お前が落ちたの」と言われるのが嫌だった。
友人にはもちろん受かったと伝えたかったし、自分にとってうかる/受からないということより、周囲に向けて「受かりました」と伝えられるかどうかにむしろ気持ちが向いていた。

その意味で、合格は嬉しかった。
合格を報告できるのが、嬉しかった。


以下、4月に判明した開示得点である。


余裕ではなかったが、ギリギリでもなかった。
実は、この点数配分は、事前に自分で設定していた目標点というか、想定通りの出来だった。また、世界史が40点近くにまでいったと言うことは、最後の詰めはどうにか間に合っていた、と考えて良いのではないだろうか。


ちなみに、東大入学後、二次試験の合計点が自分より高い人はそこらじゅうにいた。しかし、共通テストの点数で僕より高かった人はまだ一人しか見つかっていない。鉄緑や予備校で東大対策をしている人は、共通テストに弱いからだ。
開示得点の高い人に囲まれても、特に劣等感は覚えない。彼らは確かに頭もいいし要領がいい。けれども、自分は自分なりの戦略で彼らと並ぶことができたし、今、楽しく、新しい生活を送っている。
世田谷学園から難関大を目指す、ということは、開成や灘といった超進学校の生徒たちと比べたら高い壁なのかもしれない。けれども、自分に強く芯を持って挑めば、不可能なものでは決してない、と感じている。


でも、自分だけでは絶対になしえなかった。
本当のことなのだ。

多くの人に支えていただき、ここまで来ることができました。

少しばかりですが謝辞を。



ここから先、敬体の文になります

Gratitude


高校の先生方。嫌な顔ひとつせずに相談に乗ってくださり、添削依頼も丁寧に対応してくださり、本当に感謝しかありません。僕の東大受験にとって最高の環境だったと思います。ありがとうございました。

定期試験やノート


そしてIくん、Nくん、Hくんをはじめとした友人たち。一緒に歩んでくれてありがとう。未来へ向けて共に飛翔できることを幸せに思います。また会おう。


家族や親戚の皆さんも、暖かく見守ってくださりありがとうございました。のびのびと自由に、自分のやりたいように受験もやらせていただきました。まだまだ人生これから。限りなく成長してやろうと思います。



総括・メッセージ

ここでは、傲慢ながらも後輩に向けたメッセージを書いてみます。


【なぜ僕は東大に受かったのだろう】

①英語の先取り

まず第一に、高校一年生の時に英検準一級レベルまで英語を完成させたことは非常に大きかったと思います。高一の時につけた英語力があったため、高二・高三の時の英語学習は楽だったし、高三になってからも他教科の学習に時間を割くことができました。「高一で準一」はあくまでも目安ですし、それに届かなかったからといって入試結果に直接響くわけではないですが、英語がどんな他教科よりもずっとずっと大事であり、また先取りもしやすい科目です。高校一・二年生は、英語を積極的に学習しましょう!高校三年生はできてないとヤバいです!特に早慶などの私大入試は英語で決まると言っても過言ではありません!!追いついていないなら全力で!


②素晴らしい高校の環境

再三述べてきた通り、学校の先生方を味方につけ協力してもらうことは本当に大切です!添削はお願いすればやってくださる先生がほとんどだと思いますし、お願いしたのならそれに見合うだけのものを提出するなり入念とした復習をするなりして、また質問が生じたら積極的に先生を頼りましょう。世田谷学園には素晴らしい先生方がいらっしゃいます。先生方の各教科での知を合わせたら、東大入試なんぞ余裕です。先生方は各科目のプロフェッショナルですので、その知を吸収するぞ!と思ってお世話になりましょう。
また、精神面や受験戦略で先生方に頼ることも重要です。僕は先生方から私大受験のスケジューリングや長期休暇の過ごし方についてたくさんアドバイスをいただきました。特に、「私大はたくさん受けたほうがいい」、というのは、多くの先生方の見解であり、僕もそれに同意します。2日連続で受けた早稲田と慶応の世界史でほとんど同じ問題が出題されたときは、私大を複数学部併願しておいて良かったと思いました。最終的には私大と同じようなテーマが東大入試でも出たくらいですから、先生の言っていたことは合っていました。また、複数の先生方に頼るのも大切です。特に受験戦略は大学や人生に対する個人の価値観も含まれるので、一人の先生に頼るよりいろんな先生のいろんな視点を受け入れてみましょう。
先生方に加えて、友人の存在も非常に大切です。一緒に走ってくれる友人がいてくれたからこそ、僕は最後まで走り抜けることができました。あるクラスメイトとは模試や入試に際して目標を宣言しあい、勉強の進捗を毎日報告しあいました。また、問題を出し合ったり一緒に模試の復習をしたこともありました。そういった時間が僕はとても楽しかったし、そうやって友達と一緒なら、受験も勉強もとっても楽しいものになるはずです。「でかいチャレンジ。かかってこいや!」、という意気込みで友達と立ち向かえると理想的だと思います!

③徹底した情報収集・自己分析・目標設定・学習計画・実行・復習・反省

上記二つは、正直、よくある話ですが、最後のこの項目だけは、僕が他の人よりも比較的秀でていて、おそらく僕が東大に受かった上での大きなポイントだと思います。
まず、受験勉強における大きな軸は「目標を立てて、それを実現する」ことです。これは「○○大に受かる!」という大きな目標はもちろん、「今回の模試では何点取る!」「A判定を出す!」ないし「関数系の基礎的な問題は確実に得点できるようにする!」といった小さな目標においても重要なことです。小さな目標であれど、達成できなければ意味がありません。では、どうすれば、立てた目標を確実に達成できるでしょうか。
ここでは分かりやすく、「秋の駿台模試(受験生は駿台実戦など)でA判定をとる」という目標を立てたとしましょう。すると、「どのくらいの点数を取ればA判定なのか」を調べる情報収集が必要です。これは、模試で配られる成績情報の資料から割り出せることが多いです。ネットで調べてみても良いです。ツイッターに上がっている他人の成績表を見ても良いです。とにかく、そうやって、「A判定」という抽象的な目標を点数という具体的な目標に落とし込みます。そして次に自己分析。今の自分は何がどれくらいできていて、どの模試ではどれくらい取れて、どの科目/分野が強いのか弱いのか、といったことを書き出します。その上で、目標設定。先ほど判明したA判定の得点を参考にしながら、実際の科目ごとでの目標点を決めるのが理想的です。各科目の目標点が決まったら、自己分析で得た現状と比較して、次の模試まで自分に何ができるか考え、to do リストを作ってみましょう(学習計画)。例えば、テキストを一周するなり、単語帳を毎朝見直して模試までに完成を図るなり、前回の模試を解き直すなり、対策を練ります。この際、なんとなくではいけません。一般論ではなく、自分に何が足りていなくて、何が必要なのか、自分で見極めていきましょう。これを諦めてしまっては何も始まりません。受験勉強は、すること自体が目的なのではなく、あくまでもそれによって目標を達成することが目的です。点が上がる勉強をするよう心がけましょう。学習計画が完成したら、実行です。粘り強く取り組み、妥協しない姿勢を貫きましょう。ここまで、秋の模試に向けて目標を立て計画を作り実際に学習する段階までの話をしました。しかし、模試に臨んだ後も重要です。模試で解けた問題・解けなかった問題を問わず、一通り解答解説に目を通し、解けなかった問題や知識が曖昧だったポイントを中心に復習ノートにまとめ必要に応じて参考書などを参照します(復習)。この際、「次に類題が出たら必ず解けるようにする」という心持ちで復習をしましょう。ここまでの作業を模試後の一週間くらいで行います。だいたい模試の一ヶ月後くらいになると成績表が返却されます。成績を確認したら、今までのプロセスを自分なりに評価して、目標を達成できたのなら次にどう活かすか、達成できなかったのなら、それはどうしてなのかを考えます(反省)。これは自分で文章化してしまった方が良いです。「考える」と言っても言葉を使って整理しないことには曖昧なままだからです。模試一回をとっても、ただ受けにいくだけでなく、今までの長期的サイクルとして活用すると成績向上が期待できますし、模試レベルの小さな目標が達成できなければ志望校合格という大きな目標の達成は厳しいです。逆に、小さな目標の積み重ねが大きな目標に立ち向かう優良な方策です。
少し精神論に寄った話になりますが、多くの受験生はこういうプロセスが苦手です。一番大切なことは、目標にどれだけ固執できるかです。「英検準一級をとる」と決めた時、僕はもう英検に取り付かれたかのようにずっと「どうすれば受かれるか?」を考えていました。同じように、一年間「東大に受かるためには?」を考え続けました。妥協は許されません。決めた目標を、もう命をかけてでも一生懸命にやる努力を、尽くして欲しいです

本気は、楽しい。
受験生として勉強に尽くせる時間は贅沢なものです。
大学受験なんて、決めた目標にどれだけ真正面から素直に、立ち向かえるか次第です。
自分の決めた目標に甘えを見せないでください。
妥協せず一心不乱に全力で、本気で、目標の達成を目指して欲しいと思います。
厳しい話のようになってしまいましたが、僕は、本気で過ごす時間が楽しかったです。その本気を、もう目標に向かって夢中になって、本気で、本気で、毎日を過ごしてください。大学受験という最高の舞台に立つ皆さんが、そんな素敵な日々を送られることを願っております。


駒場で待ってます〜


2023,4,8

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