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『かくれ繊細さんの「やりたいこと」の見つけ方』ー自己分析ワーク

2か月前

懴悔(さんげ)仏様の光で闇をとかす、私の懴悔は「責任感」

あなたにとってイイ人の基準は?

4か月前

この機能はこのように使うべき! でないと、ツールのポテンシャルを充分に発揮できないぞ ――みたいなお気持ちを表明する事自体、クリエイティブじゃないなあと思う 白髪ネギカッターでさえ『他にもこんな使い方あるよ!』と提案される時代だよ?

人生の交差点とは右見て左見て手を挙げて渡っても、ぶつかっちゃうときはぶつかってしまう それでも渡っていくぞと決めれば、向こう側に辿り着く 決めてしまえば、あとは淡々と

ふっかつのじゅもん

この世の不平等について

『ひとの役に立つモノを書け』 読まれなければ意味が無いというから、役立ちそうなことを懸命に探して書いた 結果は、ちっとも読まれなかった 私の「役立つ」と誰かのそれは必ずしも一致しない 鉄板ネタは既に何百万回と擦られてるし だから 『書きたいモノを書く』 これが一番だと断言する

大人になってからの転機2−3

恋愛を学ぶとは−1〜行動を起こそう〜

いわゆる「有益情報」ってのが書けない 私がやってる・できることなんて、世の中の大半は既にやってる 水を体重×40mlを目安に飲むこと 体の真ん中をストレッチする事 一週間の間に、合計で五時間歩くこと 白米を主食とすること 体調を整えるためにしてる だからどうした、でしょ??

『自己満足ですみません』 なんで謝るの? 自己満足の何が悪いのですか 自分自身すら満足させられないようなモノ それを他人様に届けることこそ失礼というものではないかしら 自己満足とは アナタがそれだけ作品に愛情を注いだって証 その愛情にケチ付ける人なんて ほっときゃいいのよ!

素晴らしい何かを誰かと共有したいとき、推薦する文書をしたためたりスピーチをしたりするわけだけど 何故、素晴らしいと思えば思うほど、陳腐な言葉しか出てこないんだろう ほんとに反吐が出る 台無しにしちゃってる すいません、精進します

カレー屋の看板で店をやってるけど、ご常連さん方にだけ、たまに賄の玉子かけご飯をお出しする 美味しいね!て言葉は嬉しいが…… 「今日カレーだけ?玉子かけご飯は?やってないの。ふーん、じゃ今日はいいか」 カレーも美味しいのにね サービスって難しいやね 私は両方美味しく頂きたい

この世に見開かれてるほとんどの『眼』は私に無関心だ そう思えば、気が楽になるし足取りも軽くなる ゆえに「見てる人は見てるよ」とか「お天道様はお見通しだよ」って、ばーちゃんたちの残した言葉がじわじわ効いてくるのよな 総じて 背筋を伸ばしつつ、大胆にいこうってさ

日課のアイデア出しをするために、メモ帳とペンを取り出し、コーヒーの入ったマグカップを台所から運んで、着席……したところで、ふと浮かんだ 「届ける」ばかり必死でやってきたけど、もっと「受け取る」誰かのこと信じてみれば? そうだなあ。私、信じるの下手くそかもしれんわね

デカい人生の悩み事はこの方に聞いてもらおうと思える先生は何人もいらしゃる が、それ以上に この方には絶対秘密を打ち明けたくない。という向きもある こういうタイプの見極め力が低く判断が遅い故、一先ず自己解決を考える癖がついた 何度もコケて見つけた鶏と卵どっちが先?的な防衛策

何をどう感じようと 受け取るも受け取らないのも その人の『勝手』だ 美しいと思うのも 汚い、醜いと思うのも 勝手にしたらいい だか、勝手を押し付けられるのは御免だ 私は、ね そういう押し付けで泥の中で藻掻いてるモノを モノが抱える輝きみたいなものを 書いてみたいと思ってる

弱ってる誰かを見てザマーミロと喜ぶ人間てのは、少なからず何処にでもいる だからね 踏ん張るのだ 少しずつでも前に進むんだ ザマーミロちゃんに餌などやらぬ

何をやっても褒められる子ってのがいるのに対し これくらいできて当然なので褒めない、と言われる子もいる 私だ 大人だけじゃない 子供同士でも、この風潮があった だからたまに褒められると、嬉しすぎて、恥ずかしかった その後 もっと褒めてもらおうと張り切り ケガするまでがお約束