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活字を読むというのは、視神経を消耗する大イベントである。過度な集中力が大幅な神経を疲労させ、脳に影響を及ぼす。特に難しい文章と格闘するとそれが如実に現れる。芦田愛菜さんは活字が大好きと言っていたが、恐らく難解な文章に抵抗のない人か、それを見た事ない人かの何れかであろう。

11か月前

読書するな、と嘗て書いたが一番言った事を未だに後悔してない発言の一つだな。活字読解は視神経の酷使であり、人の理屈を追うという作業は本来のフロンティアに足枷を付けるものだ。自由に、ただ、自由にというのは小中高と読解問題に挑んできた学生にとってのユートピアであり、卒業後に得られる果実

11か月前

受験生に向けて、それ以外の人にも”学びになるように”とは書けない。余りにも恥ずかしくてそんな挨拶は無理。せいぜい自分のモノローグがクスッと笑ってもらえるなら、くらいだろう書けるのは。待ってろよ理科大、とも書けないね。落ちたら恥ずかしいとかではなく、個人的すぎるから。

11か月前

もしあのとき、ああしていたら運命は変わっていたろうとは、フローチャートの一部しか見ていない。はい・いいえは運命の仮初、大きく見れば流れとは一本の軸であろう。偉そうに語ったが、これは祖母が語っていた事。分岐点は分岐点、目的地は大きく一つ。それが判っていれば振り返って嘆息しない。

11か月前

テキストの読み込みが甘いと先生に言われた事がある。ただ、論理の展開は著者によってそれぞれ異なるし、その理由付けも深く解釈する必要性も内容によっては出てくる。学部とガラリと異なる環境で、書くリポートというのは、果たしてこの議論の意味はあるのかといった杞憂が大きくなるのだ。

1年前

何故数学が嫌いであった自分が物理には夢中になれたのかいざ考えてみると、小林節先生の『何故タカ派改憲論者が自説を変えたのか』を読んだら判った気がする。小林先生も慶應で名講義を連発し、受講者の半分が先生の本を買った記録から鑑みるに、やっぱり法則が人は好きという処に帰着するのだ。

1年前