円坐

うさぎちゃんは人の居場所をつくる人

最近youtubeで「美少女戦士セーラームーン」が無料配信されてて、子どもの頃めちゃハマったから懐かしくて観てたら、
主人公の月野うさぎちゃんは円坐守人の鏡やん!と思った。

うさぎちゃんの取り柄ってとくになにもなくて、基本的にドジでダメダメ。主人公なのに‥。
学校の成績も悪く、遅刻ばっかり。正義の戦士なのに、「痛いのいやだ〜!戦いたくない!」「仲間やまもるさん(彼氏)が傷つくのをみたくない!」と

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第4回 空中庭園のご案内

4回目の空中庭園を開催します。LINEを使って、音声のみでひらく円坐形式の場です。
オンラインの円坐では、直接会って一緒にいるときの空気感が起こらないので、その空気感が担っていてくれてた部分まで自分で意識して相手の人と関わらないといけません。その感覚に戸惑いつつも、これまで3回やってきて少し慣れてきました。

同じ場にいるだけで、言葉ではなく伝わりあってるものがたくさんあって、そういう空気感や場所

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てがかりは非言語(第3回空中庭園案内)

言語化するのがうまい人と、非言語のエリアにあるものをひろうのがとくいな人がいる。そうやってそれぞれの人が居る領域が、グラデーションのように異なっていると思う。同じ日本語を話していても。日本語の扱い方?が違うように思う。
非言語的に多くのことを感じているけど、言葉にできない人がいる。反対に言葉にするのがうまい人は、非言語の人よりも感じられるものが少ない。そのかわり、言語でのコミュニケーション能力が長

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空中庭園2回目の案内記事

(facebookに書いていたけど、流れてしまうので、記録のためにここに。)

【空中庭園のご案内です】
「円坐っぽい」って何だろう?をあらためて振り返ってみる。
ドロドロ?絡みつき?もたれあい?それをやりたいのかな?えぇ、そんなことを?
別にそれしたい訳じゃないな。
“本当のあなたに出会う”とか? それもくさいな。
ふだん左脳で聞いている会話を右脳できく、ということは起きている気がする。少なくと

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「なんか」のレベルで。

今週末『空中庭園』という場をいっしょにひらく相棒、橋本仁美ちゃんが、案内文にこんなことを書いていた。

 右脳的きき方は体感覚的なきき方。肌感覚とか、熱いとか冷たいとか、硬いとかやわらかいとか。そういう聞き方が入ってくる。それら触感は居心地にかかわってくるから、「この人といるとなんかホッとするな」とか、「この人といると緊張するな」ということが起こる。

 だけど、どうしてほっとするのか、どうして緊

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こんにちは。

声で逢いましょう。

先日、友だちと「オンライン円坐」というのを試みた。

ビデオ通話でつないで円坐をした時に、会ってするのとどう違うかを試す実験。それは参加者に宇宙遊泳のような地に足がつかない浮遊感を感じさせ、つながっているのに「不在」を感じさせる体験になった。

珍しくはあったけれど、心地よくはなかったので「声だけでやってみたらどうだろう」と提案し、昨日やってみた。

驚いた。

映像があるときよりずっと、みんなが

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宇宙遊泳。

昨日、友だちに協力してもらい、「オンライン円坐」というのをやってみた。普段は会って集って行う円坐をオンラインの、ビデオ通話の機能を使ってやってみたらどうなるかという試みだ。時間を区切り言葉をたどる「守人」の役割は僕が担った。

結果的に、会って行うそれとはまるで違う体験になった。
中でも面白かったのが、開始直後の

「ふわふわする」
「宇宙遊泳みたい」
「落ち着かない」

という感想。参加してくれ

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こんにちは。
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雲虎の円坐。

一昨日、2月6日に開いた円坐は、タイトルを『春立つ円坐』という。

立春をすぎてすぐの、寒い冬が終わり、春が芽吹くのを祝うような円坐になればと思って付けた名前だ。

しかし円坐が終わったいま、参加者全員が合意するであろうこの日の円坐の名は

「雲虎の円坐」

にちがいない。
(雲虎?と思われた方は音読みしていただきたい。お食事中の方は「くもとら」あるいは「クラウドタイガー」と変換していただけたら幸

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マジすか!

幸せは薄れてゆく。

新月の今日は、大阪と奈良の境目にある石切に行き、「円坐」や「家族」についての場に参加してきた。

いま、その帰りで鶴橋駅から出発する近鉄アーバンライナーに乗り、距離が離れるごとにそこで語られたことやいくつかの場面のディテールが余韻を残して薄れていくのを感じている。

世の中には実にさまざまな人がいて、実にさまざまな家族がある。それぞれがさまざまな成り行きで出会い、火花のようにさまざまな出来事が起こ

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やったぜ。
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会って話さないと喋れないことってありまさーね。

夜、仕事から帰ってくると、奥さんは職場で起きたことを話す。
湯水のように出てくるそれを聞いていると「外ではこうはしゃべれないよな」と思う。

話の中身はなにげない日常の、なにげない一コマだ。不謹慎なこととか秘密にしておかなければならないことはあまりない。むしろ、平凡すぎるからこそ、外では話されないといったらよいか。

でも、その話の中には平凡であるがゆえの魅力が詰まっている。
出てくる人も起きる出

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マジすか!
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