カッパブックス

やりたいことなんてなくていい。プロの編集者とは「機能」にすぎない

やりたいことなんてなくていい。プロの編集者とは「機能」にすぎない

(前回からの続き) 神吉晴夫が出版界に遺した3つのもの ――ここで今さらだけど、ちょっと神吉晴夫個人について詳しく聞きたい。そもそもこの記事の読者は、神吉さんのことを知らないと思うから。 柿内 もちろん、そうですよね。出版業界の人でもよく知らないと思うし、ぼくくらいの世代で知っている人は、まずいないと思います。 神吉晴夫とは、ひと言でいうと「戦後最大の出版人」ですね。もともと講談社の社員でしたが、敗戦直後の1945年10月に光文社が創立されたときに出向して、そこから光文

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苦しいときに神吉イズムをとことん学んだから、大ベストセラー『さおだけ』を作ることができた

苦しいときに神吉イズムをとことん学んだから、大ベストセラー『さおだけ』を作ることができた

(前回からの続き) 仕事から逃げて逃げて逃げて出会った、カッパと神吉イズム 柿内 メルマガに返事書くのにも飽きてきたので、新しい「仕事をしたふり」がないか必死に探したんですけど、そうしたらすぐ近くにあったんですよね。運良く、「アレ」が。 ――アレ? 柿内 わかりません? 資料室ですよ。光文社新書編集部と同じフロアには、会社の資料室があって、そこに行っていればまるで仕事をしているように見えるじゃないですか! ――ああ(笑)。 柿内 「東京大学〇〇先生 直帰」みたいに

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新人編集者時代の柿内芳文が悩みに悩んで「神吉晴夫」にたどりつくまで

新人編集者時代の柿内芳文が悩みに悩んで「神吉晴夫」にたどりつくまで

柿内芳文さんは、言わずと知れた『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』『嫌われる勇気』『漫画 君たちはどう生きるか』…など、数々の大ベストセラーを世に送り出した編集者。今回のインタビューは、光文社新書のOBである柿内さんに、現編集長の三宅が「神吉晴夫」についてお話を聞きにいくものとして企画されました。インタビュー中にも出てきますが、2人は10年近く机を並べて新書編集部で働いていただけでなく、三宅は入社当時の柿内さんの指導社員でもありました。インタビューは、そんな気のおけない2人の間

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秋山さと子と河合隼雄

秋山さと子と河合隼雄

 一向に本の整理ができない。もう読まないと思う本は少しずつメルカリに出しているが〜イーデス・ハンソン著「会員制の国・ニッポン」1982などバーコードのなかった時代の本です。カッパブックスの類〜「田中角栄の『人を動かす』極意」1986、多湖輝「心理トリック」1971など経年劣化が激しい。 「池田満寿夫、もうひとつの愛」1998なんてものも出てきた。比較的傷んでない「お役所の掟 ぶっ飛び『霞ヶ関』事情」1997。この本は面白いと思って読んだが、著者は私と同年の人だった。今どうさ

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