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心理士長谷川博一による書下ろし小説・フィクション

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構想1日。更新随時。変わり種の心理士、泉海(いずみか い 33歳)が誘う人の心の不可思議な世界。泉は特殊な技法で人々の苦悩に立ち向かう。その技法とは、人の心に潜入するというもの。…
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2019年7月の記事一覧

diver 第一部 第一話

diver 第一部 第一話

【 1 いつもの幻影 】 奥へ、奥へ。

 深く、深く、もっと深く。そして中核へ。

 あの先だな。知っているよ。蒼に包まれたこの世界で、あの先に見えるはずのもの。破られることのない静寂で、ずっと待っていてくれる「それ」を。

 ぼーっと狐色に光っている。あれだ! あそこまで行かなくちゃ! 早くいかなくちゃ! なぜって、行けばなんとかなる。行けばきっとわかる。だからどうしても行かなくちゃならないん

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diver 第一部 第二話

diver 第一部 第二話

【 1 娘を想う母 】 泉相談所を神田に移転したことで、カウンセリングの新規問い合わせが頻繁に入るようになると、僕が事務仕事も兼ねていたので、それはもう大変だった。幸いなことにマリさんが光回線を用意してくれていて、ネットも電話も設備投資の面でいろいろと助かった。

 すべての業務をここで行うわけだから、特にカウンセリングに支障をきたすことのないような工夫が必要だ。リビングルームはカウンセリング専用

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diver 第一部 第三話

diver 第一部 第三話

diver 第一部 第三話【 1 ニュース 】 今年の東京は梅雨末期の大雨が少ない気がする。去年が、全国的にあまりにも激しかったためにそう感じるだけなのかもしれない。それにしてもすっきりしない天気が続く。7月とは思えない肌寒い日もあった。いずれ梅雨が明けると、地球温暖化と歩調を合わせたような酷暑に見舞われるのだろう。米国の大統領が言い放った「地球温暖化はフェイク・ニュースだ」は、誰にも信じられてい

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diver 第一部 第四話

diver 第一部 第四話

【 1 三差路 】 今夜は蒸し暑く、何度も目が覚める。脳内に感じる鉄臭さは、僕が僕自身の幕を開けなくてはいない時期に来ていることを予感させる。誰かのために誰かのこころに潜入するばかりでなく、そろそろ僕自身のこころに入り、僕の真実に気づこうとしなくちゃいけないな。

 マリさんが時々放つ言葉は、僕の好奇心のベクトルを少しずつ軌道修正させていたようだ。

 今夜、何度目かの覚醒のあと、僕は僕の中に広が

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diver 第一部 第五話

diver 第一部 第五話

【 1 夏休み 】 学校が夏休みに入った。関東にはまだ梅雨明け宣言が出ていない。時々遠くに走る稲妻が見える夕方。今日の仕事を終えようかと一息つくと、相談所の電話が鳴った。

 「はい! 泉心理相談所です」

 「あのう、、いじめの相談はやっていますか?」

 「はい。お役に立てるのなら」

 「今からお願いできますか?」

 「初回はじっくり時間をかけてお話をうかがいますので。明日の午前はいかがで

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diver 第一部 第六話

diver 第一部 第六話

【 1 事務員 】 マリさんから、泉心理相談所の「事務員にしてほしい」との申し出があった。これは驚きだった。連日、中学校へ出向いていたりして疲労がたまった僕は、「後日聞きます」と答え、そのまま数日間ペンディングにしていたのだった。

 確かにこれまでは、事務的な仕事もカウンセリングもすべて一人でやろうとしてきた。そこには根本的な欠陥も孕んでおり、クライエントの人たちに多大な迷惑をかけてきたのは事実

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