アートとケア -広がる社会的処方と課題-
広がる社会的処方
社会的処方という言葉をお聞きになったことがありますか。内閣府の骨太方針2020では次のように説明されています。
本文に社会的処方という文言が登場しませんが、上記の文章の脚注に「いわゆる社会的処方の取組」とされています。
社会的処方は骨太方針2021以降も引き続き登場し、2023では次のように孤立・孤独対策として本文に明記されています。
社会的処方は孤立・孤独対策に留まるものではありません。最近では、医師や専門家たちが、薬の処方と同じようにアート体験を勧める社会的処方が世界中で注目を集めています。認知症やうつ病を抱える患者にとって、美術館でのアート鑑賞が新たな治療法として期待されています。2024年4月7日の日経新聞電子版に「WHOも注目するアートと健康 「社会的処方」を知る」という記事が掲載されていましたので、この記事をもとに社会的処方をアートとケアという観点からご紹介したいと思います。
アート鑑賞会の取り組み
千葉県の佐倉市立美術館では、認知症の自覚症状がある高齢者たちが絵画の前で思い出を語り合い、笑顔を見せます。アートを介して、普段はあまり話さない参加者たちが活発に感想を交わし、忘れていた記憶が蘇る瞬間です。
このようなアート鑑賞会を全国的に展開しているのが、一般社団法人アーツアライブです。彼らの活動は、参加者が過去の記憶を呼び覚まし、食欲が増すなどの肯定的な変化を経験していることを示しています。
アーツアライブは、米国ニューヨーク近代美術館(MoMA)のプログラムに触発されたもので、認知症患者とその家族を対象とした対話型の美術鑑賞プログラム「Meet Me at MoMA」の日本版を展開しています。アートを通じて、患者とその家族が共有できる豊かな体験を提供しています。
社会全体で人々を支える
社会的処方は、医療だけでなく社会全体で人々を支えようという考え方に基づいています。認知症やうつ病、薬物・アルコール依存症、貧困、引きこもりなど、多様な問題に直面している人々への支援として注目されています。
海外の取り組み
海外では、カナダのモントリオール美術館やロイヤルオンタリオ博物館が医師と提携し、患者にアート鑑賞を「処方」する取り組みを開始しています。台湾やベルギーでも同様の動きがあり、美術館や博物館への期待は高まっています。
特に英国では、社会的処方が公的医療制度に組み込まれ、医療費の抑制に貢献しています。医師が患者を「リンクワーカー」に紹介し、地域のボランティア団体や文化施設での活動に参加するよう促すシステムです。
アートを通じた治療が、身体的・精神的健康に良い影響を与えるという信念のもと、世界中で社会的処方の取り組みが広がりつつあります。医療と社会の枠を超えたこの新しいアプローチは、多くの人々にとって希望となり得ると言えます。
今後の課題
課題は、十分な症例数を集めることの難しさ、アート鑑賞の健康への影響が個々の体験内容によって異なる可能性、効果の持続性が未解明な点などです。また、アートが健康に与える影響を科学的に証明することの重要性が強調されていますが、現在はそのような研究が十分に行われていない現状が指摘されています。
さらに、アートを介しての社会的包摂や多様性の促進に対する期待が高まっている一方、アート鑑賞プログラムへのアクセス性の問題も浮かび上がっています。
これらの課題を解決するためには、より多くの科学的研究と、アートプログラムへの幅広い参加を促す取り組みが必要であることが示唆されています。
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