うちの夫が都会のオシャレを受け入れすぎている件

わたしは東京生まれ東京育ち。
長年、手を伸ばせばおしゃれでkawaiiものが身近にある生活をしてきたけれど、それでも、東京で毎日のように生み出される"ふぁっしょなぶる"な食べ物にはいつも驚かされている。
食べ物かアクサセリーか見分けがつかないものまである。
かと思えば、食べ物のようなアクセサリーもあるから要注意だ。

溢れるふぁっしょなぶるたちをみては、わたしの数倍驚いて数十倍楽しんでいるのが富山県出身の夫だ。

ある日の夕方、ビニール袋を提げてニコニコしながら夫が帰ってきた。
「いつものスーパーで白エビのかき揚げが売ってたんだ。富山県産だって!」

わたしはエビが好きだ。
お義母さんとお義父さんもそれを知っていてくれて、帰省したときに富山特産の白エビの唐揚げや刺し身を振る舞ってくれた。

川エビよりも食べやすく優しい味で大好きになったけれど、こちらではなかなか手に入れる機会がなく、富山に帰ったときの楽しみにしていた。
だからこその、夫の笑顔。

「ありがとう!楽しみだねぇ」
上機嫌でビニール袋をのぞくと、ビールといくつかの惣菜がみえた。
おかしいぞ。かき揚げらしいものが見当たらない。

また、だ。
またカフェラテのときと同じように、買おうと思って忘れて帰ってきたのだろう。もしくは、袋詰めカウンターに置いてきたか…

「かき揚げ入ってないよ?」
袋をゴソゴソしながら聞くと、なぜかしたり顔の夫がいう。
「その四角いやつがかき揚げ。」
確かに、長方形の揚げ物がひとつだけパックに入っている。

その見た目からイカフライかと思った。
これがかき揚げ??
ラベルに商品名は書かれていなくて、値段だけ。
スーパーの手作りみたいだ。

「これかき揚げなの?」
「うん。かき揚げ。棚にそうかいてあった。」
「間違いじゃないの?イカフライじゃない?」
「俺もそう思ったんだけど、かき揚げみたいなんだ。棚のラベルに書いてあった。こっち(都会)じゃこんなにオシャレな形にするんだなってびっくりしたよ。」

そうなのか。そこまで確認してくれたならかき揚げなんだろう。

いや、でも、衣がどうみてもフライ。
天ぷらの黄色さと透明さが全然ない。
不透明度100%の茶色。
どうみてもパン粉をあげたやつ。
ついでにかき揚げのかき揚げたる"かき集めた感"がゼロ。
少しの具材のはみ出しも許さないほど完璧な長方形。

これは、完全に、一つの素材をパン粉でまぶして揚げたやつ。
製法が全然違う。
わたしは料理ができないけれど、みただけでここまでレシピと必要材料の数が違うとわかるくらい、目の前にある長方形には天ぷら性が皆無なのだ。

けれど、何度も確かめたという夫を、わたしは信じたい。
都会のかき揚げがおしゃれ過ぎてわたしの古い頭では追いつかないのだ。

TOKIOのデザインはついに、天ぷらとフライの向こう側へいったらしい。
TOKIOが空を飛んで天ぷらとフライの垣根を超え、揚げ宇宙から俯瞰してわたしを見下ろしている。
「まだダサいかき揚げで消耗してるの?」と鼻で笑っている。

わかった、これは富山県産白エビのかき揚げだ。

…。

ちょっとだけ夫を裏切るなら、たぶん、白エビのつみれフライ。
夫がかき揚げとつみれフライを間違えてる。うん。

ふたりでいそいそと夕飯の準備をして、食卓に並べる。
お気に入りのビールと、野菜の惣菜も一緒に。

白エビのかき揚げには何をかけるべきか。
見た目的には100%ソースだけれど、夫の手前、出汁につけるか塩をかけるかの2択にしておく。
塩にした。いろんな可能性に備えて。

「白エビ久しぶりだねぇ」
と嬉しそうな夫。
「そうだね、早く食べよう!」
かき揚げでなくてつみれであっても、白エビには違いない。
久しぶりにあの味が堪能できると思うと気持ちが高鳴る!

「いただきます!」
ビールを一口飲んで、かき揚げ(仮)に塩をつけてかぶりつく!
あぁ!富山の白エ…

イカでした。

歯ごたえも味もイカフライ。
まさかと思って見つめた断面図も間違いなくイカのそれ。
歯型がしっかりついて、つるつるして混ざりっ気のない白。

奇跡が起きれば白エビのかき揚げ、間違っても白エビのつみれのつもりだったのに、まさかのイカフライ。
完全に穴馬。
優勝争いには食い込んでこないと高をくくっていたらものすごい勢いで差された。

「どう?おいしい?」
何も知らない夫が笑顔で感想を求めてくる。

「これ…イカフライ…」
「え?!エビじゃないの??」
「ほら、イカフライ…」

夫に断面図をみせた。

「間違えたごめん…」
いつものごとく、わたし以上にショックを受ける夫。


世の中はときに理不尽だ。
わたしが何をしたというのか。
期待したわたしが悪いのか。
夫には真実を伝えず、白エビのかき揚げだということにしてすべて食べてしまえばよかったのだろうか。

なぜだ。このタイミングで一番悲しんでいいのはわたしじゃないのか。
なぜ夫のほうがショックを受けているんだ。
わたしが彼を傷つけたのか。
どうしたらいいのだ。

ひとり審議の結果、たったいまからイカフライが好きな女になることにした。

「イカフライも久しぶりでおいしいよ。」
「そっか、よかった。ごめんね」
もりもりイカフライを食べるわたし。
そう、わたしはこれが食べたかったのだ。

夕食の雰囲気はよくなったけれど、どうしても解せないことがある。
ここはハッキリさせておきたい。

「あのさ、とりあえず、これを白エビのかき揚げだと思った経緯を知りたいんだ。えっと、なんでそう思ったのかな?」
「棚に書いてあった」
「たな?どんなふうに?」
「棚に札が立ってて、そこに白エビのかき揚げってかいてあって、その札の下にこれが置いてあった」

そっかー。それあれだね、移動するタイプの立て札だね。
たぶん横にはイカフライって書いてある立て札があったと思うよ。
たぶん、白エビのかき揚げは売り切れてて隣のイカフライが、元白エビのかき揚げゾーンにまで広がってきてたんだろうね、うん。
たぶんだからわからないけどね、なぜかわたしにはその景色がみえるよ。
あなたがイカフライを嬉しそうに手に取る瞬間もね。
超能力かな、あはは。

「そっかー…。立て札に書いてあったのか。」
「うん。イカフライおいしい?」
「うん。」
「また白エビ売ってるといいね」
「うん。今度は一緒に行こうかな、そのスーパー…。」

富山に帰る楽しみが倍増された。

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