見出し画像

【書評】とある女芸人の人生の「きれはし」『きれはし』(ヒコロヒー)

ひとつひとつを諦めきることでなんとか生きてきたふしがある。

「きれはし」より

女芸人・ヒコロヒーのエッセイは、そんな一文から始まる。
なんというか、この一文を読むことで「あ、明るい感じのエッセイじゃないな?」と想像してしまう。
うん、まあ、決してポジティブな内容ばっかりのエッセイじゃなかった。
でもエッセイって著者の生活に寄り添った文章なわけだし、必ずしもすべてが「日々の生活をこんな風に頑張ってます!」とガッツのある文章である必要は私はないと思ってる。
なぜなら、希望を享受したいからエッセイを読むわけじゃないからだ。
人によるだろうけど、私がエッセイを読む理由はその人の人となりを知りたいのと、テレビや本業では見せない顔を拝みたいからというのが挙げられる。
だから、最近芸人さんのエッセイを積極的に読むようになった。
「人に笑いを提供する」という特殊な職業に就いている彼・彼女らはいったい日々の生活をどんな顔をして送っているのだろう?
単純に疑問だった。だっていくら芸人だからって、毎日おもしろい出来事にまみれてるわけじゃないだろうし、トークのネタになるようなドラマチックなことなんて早々起きないと思うのだ。

そんなこんなで読み始めたヒコロヒーさんエッセイは、想像通りで笑ってしまった。
テレビで見るヒコロヒーさんって、どこか「スレた」イメージが強かった。なんというか、的確なんだけど一歩引いたコメントで、熱血若手芸人のようなガヤガヤとうるさいことしないししゃべらない。でも私はそこがとても好き。
「爪痕残したるぞー!」と体を張りまくったり、振られた話題に明らかな虚飾を混ぜて話す芸人は好きじゃない。だったら「そんなこと知らん」で通してほしい。
ヒコロヒーさんはまさに私の理想の女芸人。コンビだったらAマッソが好きだけど、ピン芸人だったら断然ヒコロヒーさんのように「世間から一歩引いてたところ歩いてます」的な芸人が好きだ。

だから読み始めてすぐに上記のような一文が出てきて、「いいぞ」とガッツポーズをした。
ヒコロヒー、こうでなければ。エッセイでいきなり「私趣味でロリータ着ます」とか「キティちゃんのグッズを集めてます」なんて言われた日には本を閉じてしまうところだったけど。
ちゃんと「スレた」ヒコロヒーがエッセイの中にもいた。

例えば夏が嫌いなことを永遠と語り続ける「サマージャム」。
ひたすら日本の湿度の高い夏に憎悪と罵詈雑言を喚き散らし、トピックを読み終わってみれば「え、ヒコロヒー、夏が嫌いしか言ってないやん!」と総ツッコミを食らうほど「夏が嫌い」しか言っていない。
でも「スレた」ヒコロヒーさんはなんだか、その罵詈雑言も一歩引いてる気がするのだ。

夏は犯罪率が高まるというが、感想としては「そらそうやろ」でしかない。こんなわけのわからない炎天下のもとで暮らしていたら、おかしくなってしまうことのほうが、至って正常なのではないかとすら思える。

「きれはし」より

いやはや、夏が暑いのは当たり前なんだけど、こうも冷静に「夏は犯罪に走るのも目に見えてる」みたないことを言われると「そうだよね!暑いもんね!おかしくなるよね!」とこっちが熱く「夏への罵詈雑言」を言いたくなるほどだ。
「スレてる」ってこういうことなのだ。
罵詈雑言も悪口もクールでなければ、ヒコロヒーさんではない(本人はスレててクールだという自覚はあられないであろうけど)。

たくさんの金言が詰まった本書だけど、私がいちばんグッときたのはこれだ。

希望というのものは自分の支えになる瞬間もあれど、自分が苦労する理由として日常に滞在する時間の方が長い。

「きれはし」より

最初の文言にも繋がるような言葉。
別に「希望を捨てろ」とかそういうことを言っているわけではないと思う。
でもときに希望って、持ち続けるからこそ辛いときもある。
ヒコロヒーさんは下積み期間に、何度も「芸人をやめよう」と思ったらしい。でも辞めずに今に至るのは「売れるかもしれない」という希望があったからだ。それがヒコロヒーさんを苦しめていたことも事実。
「もしかしたらもっとテレビの仕事が増えるかも」
「もしかしたら単独ライブができるようになるかも」
そんな希望を持ち続けるとはきっとしんどいことであると同時に、生活の張にもなりうるとヒコロヒーさんは知っていたはずだ。
だからこそ、こんな言葉が生まれたのだろうと私は思う。
あー、いい具合に「スレた」ヒコロヒーさんの金言だ。
曖昧な「希望」という存在に、的確な意味を持たせてくれる。けれど、「いい言葉だな」で決して終わらない。
「苦しめられる言葉でもあるんだよ」と教えてくれるのがヒコロヒーさんらしい。

帯にあるようにヒコロヒーさんは「国民的地元のツレ」だと本気で思う。
「友達」じゃくて「ツレ」という感じがなんともヒコロヒーさんの親しみやすさを表してる。
ぜひ、そんなツレの話しをお酒を片手に聞くように、本を開いてみてほしい。

西桜はるう


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?