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いじめの正体を探る

いじめの正体を今日は探っていきたいと思います。
今日は例を元に話していきたいと思います。
浦島太郎を知っていますか?
私はこれを見て、いじめの定義だと思っていました。
結果、浦島太郎がカメを助けますね、それでカメに恩返しをしてもらう話です。私は昔読んだ時は、カメを助けた浦島太郎が英雄に見えたのですが、今読んでみると、もしかしたカメ自身にも何か原因があるのではないか?と
思いました。それでも私はいじめを反対できない理由があります。
それは対等ではないからです。カメがどれだけ悪いことをしていたとしても1対何人かの形になっている時点で、いじめを反対することはできません。
ですから例であげましたが、結果として、カメが悪いことをしていて、恨みを持っていて、何人か集めてやってしまうと庇いようがないですよ。
これは学校でも同じで暴力で解決しようと思ってもこの日本では犯罪なんですよ。また弱いものいじめではないですが、結局は何人かで、かかって行ったらいじめよりも犯罪に繋がるんですよ。
教育委員会はいじめが出ると正直弱くなります。
だってこれをマスコミが取材にきても結局は、その子や周りの人に問題があったのに教育委員会のせいにされるんですもの。
ですから学校側も必死に隠そうとすることが現状です。
結果としていじめの件数が減ってものいじめの実態自体は変わらず、いじめの件数減りましたイエーーみたいなのになっても少ないいじめの中でも自殺が起きてしまえば、数などはあてにならないのです。
ですから今日言いたいことは、いじめは結果的に学校でいじめと言っているが、世間では犯罪になってしまうこと。
ですから私は、言葉を直接言いに行く気持ちで構えておいています。
教育委員会にメールを送って終わりにしておけば、結果として口コミを書いている人となんら変わらないからです。自分に自信を持っていれば、いじめではなく直接自分の意見を言った方が、かっこいいし、いじめに繋がりにくいんですよ。仲裁者を用意しておけば、、、
いじめの件数が減ったとしていじめはいじめです。
いじめている人は、自分は今いじめています、となんて思いません。
やはりそこがタチの悪い原因なんでしょう。
ですから気をつけようと思いました。
そして、いじめは0にできたらしたいです。いじめは歴史の中で3杯あると思います。ですからやはりそこの部分は人間であることしょうがない部分もありますが、自分が加害者にならないようには努力できる思います。