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音【小説】

音が聴こえる。この音は機械で作られた電子音だ。自分の両耳から伝わる。イントロで分かった。この曲は20年以上前に爆発的に流行った曲だ。いまでも忘れるわけもなく覚えている。当時、爆発的人気だった3人組グループの曲だ。自分自身も流行に流された一人だった。流行りに乗って、このグループの他の曲も沢山聞いていた。曲のテンポが良くて、思わずリズムに乗ってしまう。音楽って最高なんだよ。

僕は寝る前の楽しみとして、深夜ラジオを聞いていた。『懐かしの曲』というラジオコーナーで、リクエストされた曲が流れていた。やけにテンションの高いラジオDJが曲紹介をする。昔大人気だったアーティストの曲だ。DJの合図と共にスピーカーから懐かしいイントロが流れてきた。リリース当時はまだ10代だった。将来の不安からヤンキーをやっていた時だ。今流れている曲は今は潰れてしまったCD屋で買った曲だ。日本中でヒットし、CD売上げはたちまちミリオンを突破した。このグループは3人組で構成されていて、そのうち、現在活動中なのはラップパートを担当していた人が残ったことは知っている。その人は今、何をして生活しているのだろう。

ふと懐かしく思い、ラップを担当していた人の名前を検索して、その人のSNSを発見した。現在はDJとして各地を回って音楽活動しているらしい。現在の年齢は50代を超えるといのに、見た目は若々しい。グループを調べた所、そのラップを担当していた人は作詞作曲をしていないらしい。作詞はボーカルで作曲はギタリストだ。その人のイベント告知を見ると、自宅近くの大公園で野外ライブのゲストとして来るらしい。予定は明日の日付だった。シフトの時間を確認する。その日は空いていた。観覧無料なので、自転車で見に行くことにした。

次の日

今日の天気は快晴だった。都会の真ん中にある緑の多い巨大公園に行ってみると、公園内には沢山の自転車が止まっていた。何台くらいあるだろうか。ざっと見て500台くらいあるだろう。会場になっている野外公園は芝生が生えており、そこには沢山の人が居た。2000人くらいは居るだろう。家族連れやカップル、奇抜な格好の人。こんなに人が居るのかというくらいに人で溢れかえっていた。イベント会場には沢山の屋台も並んでいる。似たような形の屋台で、ざっと見て30店舗くらい構えている。いわゆる食フェスと言うやつだ。各地の名産食材を使った料理が売られている。どれも長蛇の列で並ぶ気はないが。一応、流し見する。

そのラップパートを担当をしていた、DJが来るまで後15分くらいある。芝生の上に設置されている簡素な屋外用テーブルが均等に、そして大量に設置されていた。家族で使っていた人がどいたことによって空いた席に座った。隣のカップルは、プラスチック容器に入った麻婆豆腐を食べていた。見るからに辛そうだ。一人で来てみると孤独を感じる。周りは家族連れや友達連れなのに、自分は一人だ。こういうとき一人を実感する。気を紛らわす為に早く音楽が始まって欲しいと思う。

周りが騒がしくなった。お目当てのDJがステージ上に出てきたらしい。僕はよく見ようとステージに近づいていく。ステージに近くなるほど人が密集している。僕は、近過ぎず遠過ぎずの距離で観覧することにした。それでも、横には人が沢山立っていた。告知によると今回流す曲はDJがラップを担当していた曲だ。つまり、昔所属していたグループの曲を流すらしい。そのDJは帽子にサングラスといかにもDJの格好をしていた。視力の良い僕は薄っすらと白髪が生えているのに気づいた。

そのDJは『グループは解散したげど、灯火を消さないように曲を流します』と意気揚々に言っていたが、過去の栄光に縋りついているだけじゃないか。そのグループのラップ担当だった現DJは、メインボーカルやギタリストに比べてあまり目立っていなかった。メインボーカルとギタリストの二人は、薬物取締法違反で脱退。事実上の解散になった。ラップ担当は取り残された形でグループ活動は終了した。

そのDJはステージの真ん中に設置されている黒テーブルの前に立つ。そこに乗っているDJ機材を操りだした。横には最新の薄型パソコンが置かれている。左右上下に設置されているスポットライト照明が赤や青とランダムに光りだした。まるでリズムを刻んでいるみたいに。それは幻想的だった。機会なのに呼吸をして、『俺は生きているんだ』と主張しているようだった。その時、左右に置かれた巨大スピーカーから曲が流れ出した。拍手の音が会場全体に響き渡った。周りの客は口笛を吹く者や、手を高く上げる者も居た。全員がテンション高めだ。

最初に流れた曲は、僕も知っている曲だった。これも昔流行った曲だ。周りの人がリズムに乗って騒ぎ出す。同世代なのだろうか、昔を思い出して感動し、涙を流す者もいた。周りはどんどん荒れ狂うように騒ぎ出している。日々の日常のストレスを発散しに来ているのだろう。現代社会の不平不満を音によって解消していると思った。人差し指を斜めに高く上げてリズムを取る者、音によって作られるリズムを体で取る者、小さい子供を肩車しながら見る者。周りは多種多様でも同じ曲を共有することによって一体感が生まれた気がした。

一瞬、会場を静寂が包んだ。違う曲に移ったのだ。このイントロも覚えている。これがグループの中で一番ヒットした曲だと思う。周りのテンションが爆上がりしたのが雰囲気で分かった。僕は懐かしさに胸がこみ上げた。ヤンチャだった時、自分の人生に迷っていた時、この曲が助けてくれた。将来の不安を胸に抱えて、社会に飛び立った時も、仕事で辛い思いをした時も心の支えになってくれた曲。これを名曲と言うのではないか。曲というのはタイムマシンだ。イントロを聞くだけで過去に戻れる。嫌な思い出も楽しい思い出も。音楽を聞けば嫌な事もスッと消えていく。機械で作られた電子音が耳を刺激する。イヤホンで曲を聞くと、より頭がスッキリする。聞くたびに魔法のような効果を感じた。

僕は思わず体でリズムを取っていた。辛い日常を忘れるように。ただ、音に合わせてリズムを取る。音に合わせてリズムを取り続けるのだ。

〜作者からのメッセージ〜
この作品は某アーティストを元に作成しました。著作権の関係上、アーティスト名は出せないが、有名なグループです。その人の野外ライブを作者自身が見に行った時に思いついた作品です。音楽好きの作者は前から音をテーマに執筆したいと思っていたので、この機会に仕上げました。作者が書いてきた中で、一番リアリティのある作品だと思います。ほぼノンフィクション作品です。ぶっつけ本番で書いたので短めですが、ご了承ください。

植田晴人
偽名。作成中の作品が増えてきています。早く仕上げなければ。


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