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好きという引力

丁寧に整えられたグリーンの芝に並ぶ、赤と白のユニフォーム。スタジアム中に響くのは両サイドのサポーターの大きな歓声だけど、選手の真剣な顔からはその声が届いているのかもわからないくらいの集中と熱気が滲み出ている。

世界中の人が固唾をのんで見守るのは欧州チャンピオンズリーグのファイナルマッチ。私も例外では無く、アイルランドの首都ダブリンにあるスパニッシュスタイルのパブで、試合の行方を見届けていた。

正直なところ、サッカーの試合なんて見たことが無かった。

「クリスティアーノ・ロナウドがシュートを決めたら、全員にテキーラショットが配られるらしいよ。」そう伝えられた私の頭に浮かんだのは、

『きっと彼は、レアルマドリードの人気選手に違いない。』ということ。

ニュースでしか聞いたことのなかった選手の名前を私が認識できるはずもないのである。

それにしても、テキーラショットをパブに居る全員に配るなんて、オーナーはなんて気前が良いレアルマドリードファンなのか。

それとも、お祭りが好きな根っからのラテン気質な方なのか。

多分、両方だと思うのだけど。

パブに溢れるレアルマドリードのグッズを持ったファンは、泡が消えてしまったビールを片手にスクリーンにくぎ付けになっている。

リバプールの選手がゴールに近づくたびに、入るな入るなと緊張し、レアルマドリードの選手がゴールに近づくたびに行け行けと気持ちが高まって。

一つ一つのプレーに一喜一憂をしながら、必死に目でボールと選手を追いかけた。

上手くディフェンスができたら、安堵のため息が漏れる。ゴールを決めたら、周りの人とハイタッチをしてハグ。

試合が進む度にバラバラだったものが一つになっていくのがわかった。

こんなに真剣に、声を荒げながら誰かを応援したのって久しぶりだな、なんて思いながらピッチで駆け巡る試合の流れを私も追っていた。

それまでレアルマドリードをサポートしていたわけでも無いのだけど、クリスティアーノ・ロナウドさえ知らなかったのだけど、

試合が進むにつれて長年にわたるサポーターのように、私も必死になっていた。

これまでの積み重ねが感じられる洗練された動きとか、感情がむき出しになっている表情だとか、自分事のように試合に参加しているサポーターの熱だとか、

そこから伝わるこの試合に懸けている皆の思いに押し出されて、私も自然と真剣になったのだろうと思う。

好きなことを、ただひたむきに、ひたすら純粋に追いかけている人ってなんて眩しいんだろう。

同じものを皆で追いかけているときって、何でこんなに力が湧くのだろう。

見えないキラキラとした何かが引っ張るように、あっという間に時間が過ぎていった。

結局クリスティアーノ・ロナウドはゴールを決めなかったけれど、試合は3-1でレアルマドリードが勝利を収めた。

チャンピオンを讃える銀色の優勝杯をレアルマドリードの選手が掲げたとき、なんだか時が止まったように感じたのは、その場にいた全員がその銀色の光に一瞬魅了されたからなのだろうか。

「次に開催されるワールドカップでも、このサポーター達と一緒に試合を観たいな」なんて、歓喜の歌が響くパブの中で密かに思っていた。


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