episodeⅡ
あいつは、最低最悪の野郎だった。
とんがった靴にとんがったヘアースタイル。
黒いジャケットを着て、大股で歩く。
はじめて彼を見たとき、彼は、どこまでも細く長い、1本の、真っ黒い棒のように見えた。
「あぁ、折れてしまいそうだな。」
そんな印象を持った。
そんな彼は自ら、
自分は天使の声が聞こえると言った。
自分は二重人格なのかと悩んだことがあるほど、優しくてあたたかい自分と、厳しくて冷たい自分がいると話した。
そして、
自分が誰かを愛することで、なんとか愛を感じて生きているとも、自分が誰かに注いだ愛が、いつか自分に返ってくるのを待っているとも言っていた。
まるで、彼は自ら、
寂しいと言っているようだった。
ある人は彼のことを、人間としてはクソだと言い、
ある人は、小さな嘘をいくつもつく人だと言った。
またある人は、彼のことをガキだと言った。
けれども彼は、
信頼もされていた。尊敬もされていた。凄いとも思われていた。
そう、人から見られる彼の姿も、二極化していたのだ。
私は、彼の心がどうなっていたのか分からない。
でも、私は、優しい彼から、あたたかい愛をもらった。
私が生きていく中でつくられた化けの皮は、どんどん剥がされていき…
そして、自分のなかのものが隠しきれず出てきてしまったときに、厳しい彼から、冷たくされた。
それにより私は、間違いなく、傷ついていた。
けれども絶対的に彼を信じていたから、裏切れなかった。離れられなかった。
苦しかった。
その中できっと、私も彼を傷つけていた。
私が不幸そうにしているのを彼に見せつけることで、また、私が彼にしがみつくことで、きっと私は彼に復讐していた。
けれどもそれを続けても、''終わり''は訪れないことを知った。
私が追えば、彼は逃げる。
だからいってもっと追えば、彼はもっと逃げる。
疲れる。
彼を追い、いつしかボロボロになっていた私はもう、1人で泣くしか無かった。
1人で苦しむしかなかったし、1人で憎むしかなかった。
今日、私は、
昔、彼と一緒にパスタを食べたカフェで、
一切れのパンと、珈琲を頼んだ。
久しぶりの外出…。
あのとき座った席とは、違うところに座った。
パンはなぜだかしょっぱかった。
珈琲は、真っ黒なのがあの人に似て気に食わなかったので、ミルクをたっぷり入れてやったし、砂糖もたっぷりいれてやった。
入れすぎて不味かった。
こんな珈琲みたいになってしまった私の心を、私はこれから、1人で抱えて生きていかなければならなかった。
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ゆったりとした朝にほっとする文章を。
そんなテーマで書いている朝の読み物がこの「パンとコーヒー」です。複数のメンバーで運営しています。
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