憂夢【短編小説】
最近、憂鬱な夢ばかりみる。
── 愛猫がベランダの手摺に座っている
私の部屋は12階建てマンションの7階
震える声で「こっちに来なさい」と囁いた瞬間
猫は空を仰ごうとして落下した
ドクンドクンと耳のすぐ傍で脈が鳴る
頭から血の気が落ちる
痺れた頭をベランダから下に向けると
猫は自転車置き場の屋根に落ちた衝撃で弾んだ後
地面に叩きつけられた ───
目が覚めると、寝ている私の首元で
猫がゴロゴロと喉を鳴らして丸くなっている
あぁ、夢で本当によかった
最愛の猫を力いっぱい抱きしめた。
── 部屋の壁に縦長の大きな穴が空いている
穴を覗くと暗い部屋が見えた
誰もいない
黒いベットと黒い壁紙
家具は殆ど置かれていない
スッキリとした部屋の隅に
私の背丈と変わらない大きさの観葉植物が一つ
テレビに映っているのはカラーバー
テストトーンが鳴り続けている
不気味だ
黒い部屋の住人が私の部屋を覗くために
この穴を開けたのだろうか
早く父親に帰ってきてほしい
しかし、いつもの帰宅時間を過ぎているのに
父親は帰って来ない
メールを送っても返信はない
黒い部屋の住人が帰ってきたら
私の部屋を覗いて何をするんだろう
そいつはきっと
優しい人じゃないと私の本能が言う
吐き気を飲み込みながら
父親の帰りを待ち続ける ───
目が覚めても、まだ夢の中にいるようだった
ベットからしばらく部屋を見渡して思い出す
私は一人暮らしをしているのだから
ここに父親は帰って来ない
壁に穴も空いていない。
── ベランダの掃き出し窓が少し空いている
危ない、ここから猫が飛び出してしまったら
猫が落ちてしまう
私はベランダの鍵を
ガムテープでぐるぐる巻きにした
窓の隙間から冷たい風が入ってくる
隙間も全てガムテープで塞いだ
滅多にベランダから外を覗かない私は
しばらく窓に両手を付いて外を眺めていた
左の空を飛ぶ飛行機に見惚れていると
突然誰かが窓を叩いた
正面を向くと女が窓の外に立っており
私に強い口調で話しかけた
「どうして貴女がそのボディクリームを使っているの?」
風俗店で働いている私に
某ブランドのボディクリームを
毎月プレゼントしてくれる客がいる
彼女はそいつの知り合いなのだろうか
私の目を真っ直ぐに見つめたまま、彼女は
頭からじゅわりと溶けて地面に消えた
そしてすぐ、家のインターホンが鳴る
「それは私が好きなボディクリームなのに、どうして彼は貴女にプレゼントするの?」
「竹内さんの知り合いですか?彼はもうしばらくお店には来ていませんよ」
そう言って彼女を帰らせようとしたが
彼女は私の部屋に入ってきた
部屋を物色しながら、ボソボソ呟く彼女が何を言っているのか聞き取れない
何を探しているのか聞こうとした時
彼女は私に背を向けたまま、再び
頭からじゅわりと溶けて地面に消えた
気色悪い、玄関の鍵を閉めに向かうと次は
大柄な男が灰色のハスキー犬を連れて立っている
私はハスキーに押し倒された
ハスキーの顔は笑っているように見える
可愛らしい、思わず灰色の頭を撫でたが
ハスキーは3度くしゃみをして
私の顔は鼻水なのか涎なのかわからない
生臭くネバネバした液体まみれに ───
昨日は深夜3時頃に眠り
いま時計を見ると16時53分
途中何度か目を覚ましたが
ベットから起き上がる気になれなかった
お腹が減った、冷蔵庫には何も入ってない
食べ物を買いに近所のスーパーへ行こうと思い
玄関に溜まっているゴミ袋を持って家を出た
ゴミ袋を持ったままエレベーターに乗るのは好きじゃない、階段で1階まで降りようとした途中
手摺から下を覗いた
自転車置き場が見える
いつか死にたくなってここから飛び降りる時
どの辺に落ちるのか予想しておく
落下した衝撃で自転車置き場の屋根を壊したくない、私の身体をアスファルトに墜落させるには
踊り場の「角」から飛び降りるのが正解だ。
── ベランダから外を眺めていると
左の部屋から男女3人が飛び降りた
飛び降りた先には小さなバルがあり
3人はバルの入り口に見事に着地して
テラス席で酒を飲み始めた
もう一人、大柄な男がベランダから飛び降りた
その後を追いかけるように
一匹のハスキー犬もベランダから飛び降りた
大柄な男はバルで飲み始めた3人に殴りかかり
ハスキーは女の喉元に噛みついた
女の悲鳴と共に、血飛沫が私の頬まで飛んできた
こんな高い場所まで女の血飛沫が
ここは7階だぞ
血飛沫で濡れた頬がむず痒い
頬を拭った自分の指を見ると
小さな白い蜘蛛が数匹湧いていた
この蜘蛛達は私の頬に
卵を植え付けたりしないだろうか ───
意味のわからない憂鬱な夢ばかり見る
寝ている時くらい
穏やかな世界を見たい
……穏やかな世界ってなんだっけ
思い出そうとする度に、考えてはいけないと
胸の奥が詰まる、自分の事を守るには
何も望んではいけないと私は知っている
煙草を咥えて火をつけた
ニコチンが胸の奥を整頓させる
煙を吐くとゴミを絡めた灰色が
バラバラと宙を散っていく。
── 湖のほとりで座っていると
銀杏の葉が水面に落ちた
強い風が吹いた
鳥が水浴びをしに来た
水面に何が触れても、少しの波も立たない
鏡のような湖を眺め続ける
今日の私の憂鬱は、とても静かだ ───
生臭いゴミ袋は持っていないのに
エレベーターには乗らず
階段で一階まで降りる日々
踊り場の角、飛び降りるならここなんだ
ここがベストなんだと確認してスーパーに向かう
いつか私の憂鬱が
私を飲み込んでしまっても
出口は自分の住んでいる部屋のすぐ傍にある事を知っているだけで
毎晩憂鬱を恐れずに眠れている気がする。
憂夢【終わり】
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