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人に恵まれていても、 そうではなくても。

『3月のライオン』という将棋を題材とした漫画をご存知だろうか。
ここで詳しい紹介はしないが、
公式サイトによれば「様々な人物が何かを取り戻していく、優しい物語」である。

私はとにかくこの作品がすきだ。
なんだか疲れたなと感じるときに読み返すと、
生きること、一生懸命になること、努力すること、自分や他者を信じることへの希望が湧き、もう少し踏ん張ってみようという気持ちになる。

魅力は本編だけに留まらない。
本作の監修者、プロ棋士の先崎学九段のコラムは大変面白く、いつも楽しみに読んでいるのだが、実は2017年に彼はうつ病と診断されており、将棋界を休場していた期間について記したエッセイがある。

決して軽いテーマではないけれど、
柔らかく軽妙で、そして丁寧に心の機微が描かれているこの本の中でも、
とくに忘れられない一言がある。


『自分を救うことは他人を救うことと同じくらい難しい。』





先日、とある知人と食事をする機会があった。会うのは実に数ヶ月ぶりである。
待ち合わせ場所のおでん屋の前でたたずむ彼女の不自然に痩せた姿を見て、私は息を飲んだ。
会わない期間に彼女が経験したことは、相当な重みをもつ出来事だということが一目瞭然だったからだ。


ゆらりと立ちのぼる温かくやさしいおでんの湯気につつまれ、互いの近況報告を終えると、彼女は少し遠くを見つめてこんな言葉をこぼした。

私が今日、ここにいるのは本当に偶然だと思う。
いろんな奇跡が重なった結果、たまたま生きてここにいる。
周囲の人に恵まれていたから、ここまで踏みとどまれたの、と。


独り言みたいに、そう言った。
彼女がすぐ横にいるのは奇跡なのだと、この日ほど強く感じた日はない。


「人に恵まれて、ここまでやってこれました」

そう言える人は素敵だと思う。
周囲の人に感謝の念を感じることも、それを素直に表現できることも、
助けや導きを与えてくれる他者の存在も、当たり前ではなく、幸せなことだろう。
だからこそ「人に恵まれる」という言葉を聞くたびに胸がチクリと痛む。


もし彼女が「人に恵まれている」と感じられる状況になかったら、
社会は彼女を失っていたのだろうか。
「人に恵まれていない」「助けてくれる人は誰もいない」 という絶望感を抱く人の姿が胸をよぎる。


この世界には自ら選択できるものと、選択できないものがある。

人間関係の場合、すべてを主体的に選択し、コントロールすることはできないからこそ「恵む」という表現が使われるのかもしれない。

それだけではない。
恵まれているか否かという判断は主観的で、いとも簡単に変化し得る。

あらゆる人間は多面的で、さまざまな要因から構成されている。
だからこそ、同じ人間であっても、同じ行動や言葉でも、
その瞬間の環境やタイミング次第で、意味する事柄は大きく異なる。

今この瞬間「人に恵まれている」と思えても、明日も同じように感じるかはわからない。その逆もまた起こり得る。
そういう不安定さの中で私たちは今日を生きている。

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どうしようもなく苦しいとき、
助けてくれる人、支えてくれる人が周囲に存在することはありがたく、素晴らしいと思う。
何らかの面で救ってくれる他人がいるということは、それだけで大きな力になる。


他方で、そうした存在がいないと感じられるとき、孤独で他者に救いを得られないとき、私たちは自分で自分を救うしかない。

けれど、「自分を救うことは他人を救うことと同じくらい難しい」のだ。


行政や福祉には様々な役割や機能、側面があり、
多様な苦しさを抱える人が、”自分で自分を救えるように“ 働きかける取り組みは既にたくさんあるのだろう。

それでもまだ、「この社会で生きていたから、ここまでやってこれた」と多くの人が言える状況には至っていないように思う。


わたしは、誰かがつらくてたまらないとき、支えとなれる人間でありたい。
けれどそれ以上に、
“個人”が支えとして機能しなくとも、”社会”が支えとして機能する世の中であって欲しい。
人に恵まれていないと感じたとしても、”社会に支えられた” と思えるような世の中にしたいと切に感じている。


今のわたしは、こうすれば良いという明確な意見は持ち合わせていない以上、
無数の方法の中から「自分はどんなアプローチで何ができるのか」について考え続ける必要があり、目下は大学院での研究テーマという形で構想を考えている。




政治学者・高坂正嶤氏が国際政治について述べた
「われわれは懐疑的にならざるをえないが、絶望してはならない。」という言葉を反芻する。
私たちを取り巻くあらゆる問題についても、きっと同じことが言えるのだろう。


無駄だ、どうにもならないと諦めるのではなく、現状に懐疑的になり、思考し続ける。目まぐるしい日々の中でも、思考停止しないよう心がけたい。



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