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『イン・ザ・ハイツ』と『桜嵐記/Dream Chaser』に見るミュージカルの懐深さ

久しぶりの映画鑑賞だな、と思ったら1か月ぶりだった。月に1回の映画鑑賞に「久しぶり」という感想を抱いている自分。数ヶ月前までと違う私がいて、なんだか不思議な気持ちになる。

『るろうに剣心最終章 The Beginning』で観た他映画の予告編。ミュージカル映画『イン・ザ・ハイツ』が圧倒的にカッコよかったので、公開直後の週末、私は映画館に行った。緊急事態宣言下にもかかわらず、新型コロナウイルスの感染者数は増加の一途をたどっている。今まで以上に気を付けようと肝に銘じつつ、手指を消毒して映画館のシートに腰を下ろし、上映を待った。

・・・ラップ? ラップなの?
主人公・ウスナビの歌唱部分はほぼ全編ラップだった。あまりこういうパターンは観たことがない。でも、私がミュージカルを観始めたのは最近だし、こういうパターンもあるのかな?と、とりあえずラップのリズムに身をゆだねる。

深く考えず音楽の心地よさを堪能していると、街の期待を背負って大学に進学したニーナの苦悩や、街から出たい美容師バネッサの野心が、耳から飛び込んでくる。出演者の歌唱とダンスパフォーマンスで伝わってくる移民の街・ワシントンハイツ自体のパワーや人々の思いが、私の胸を躍らせる。

何も考えず音楽を楽しんでいたら引きずり込まれたその世界には、太陽のにおいと、ラテン気質の移民たちの持つ「陽」のエネルギーとがあふれかえっていた。自然と私の身体はリズムを刻み、笑顔になっていった。

音楽とダンスの素晴らしさがダイレクトに体に流れ込み、思わず歌いそうになってしまう。身体が動いてしまう。こんなミュージカル作品を観たのは、初めてだったかもしれない。

ストーリー云々より、とにかく音楽とダンスに直接心臓をつかまれ、揺さぶられた『イン・ザ・ハイツ』。興奮を胸に映画館を後にした2日後、私は宝塚歌劇団月組の公演・『桜嵐記/Dream Chaser』を観るため、東京宝塚劇場へ向かった。

『桜嵐記』観覧前に事前知識をインプット

私は学生時代、「日本史」が好きだった。
で、そんな私にも苦手な時代がある。「南北朝時代」だ。

南北朝時代の数少ないキーワードである「後醍醐天皇」「楠木正成」「吉野」ぐらいは記憶にある。あるけどそもそも、鎌倉幕府が滅びるにあたって、後醍醐天皇と楠木正成と足利尊氏はどんな関係にあったんだっけ? 北朝最初の天皇って誰だっけ?な状態である。

そんな私に、宝塚友の会からプレゼントが届いた。抽選に申し込んでいた月組公演『桜嵐記(おうらんき)』/ ショー『Dream Chaser』のチケットが当たったのである。第一希望の日ではなかったけれど、この公演で退団を発表しているトップコンビ、珠城りょうさんと美園さくらさんを観られる最後のチャンスである。で、和の歴史ものときた。

少しだけ『桜嵐記』の内容を調べてみたら、楠木正成の3人の息子の物語だという。これは苦手だとか言っていないで、事前に最低限の知識を仕入れておかねばならない。

・そもそも南北朝時代ってなんで南朝と北朝に分かれたんだっけ?
・鎌倉幕府が滅びたのって何でだっけ?
・楠木正成って何した人だっけ?

ぐらいは、礼儀として頭に入れようと、とりあえず1冊だけ本を読んだ。

鎌倉幕府が滅びた背景とか、南朝と北朝に分かれた理由とかは、『桜嵐記』の舞台冒頭でも語られているので、省略する。

楠木正成について端的に説明すると、南朝側について戦った武将で、知力を巡らせ自軍を勝利に導く、智将である。

『桜嵐記』は楠木正成の息子3人の織り成す物語だ。南朝と北朝がやがて統一され、北朝側についた足利尊氏が室町幕府初代将軍となり、勢力を増していく流れの中で南朝側についた武将たちの話である。

おそらく幕末における新選組のような、時代に翻弄され儚く散りゆく者たちの、気高き物語を紡ぐのだろう。加えて、タイトルに含まれる「桜」の文字と、おそらく物語の舞台となる「吉野」という土地が、目の前に散りゆく桜を連れてくる。物語が私の頭の中で、勝手に儚さを増していく。

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東京宝塚劇場を訪れるのは、花組公演『アウグストゥス/Cool Beast!』に続き2回目だ。しかも、今回は1階S席。月組トップコンビのお二人に会えるのが最初で最後なのは切ないけれど、力いっぱいエールを送ろうと決めて、私は会社を後にした。

芝居で魅せる演目『桜嵐記』

楠木の棟梁・正行を演じたのは、トップスター珠城りょうさん。弟二人のうち、年長の方・正時は鳳月杏さん、末弟の正儀は月城かなとさんが演じている。

棟梁である正行は、人格者で人を良く見ている。おそらくもっとも父・正成に似ているのはこの正行なのだろう。知力も、棟梁としての器も持ち合わせた正行は、戦場からの帰り道で、高師直の手のものから弁内侍(美園さくらさん)を助ける。吉野へ帰るという弁内侍を助け、一族とともに吉野へ連れて帰る。道中で正行の人柄に触れて、弁内侍は正行に恋心を抱く。

正行も弁内侍も歌うし、お二人とも大変お上手なのだが、印象に残っているのは、歌でも立ち回りでもなく、お芝居そのものだ。

人格者だが朴念仁である正行、そんな正行に次第に惹かれていく弁内侍が確かに舞台の上に生きていた。戦う運命から逃れられない正行の儚くも気高い男っぷりが、二人の恋の切なさを際立たせる。

吉野から再び戦場へと発つ日。はらはらと散る桜の下で言葉を交わす、正行と弁内侍。二人の思いが伝わってきて、胸が締め付けられる。

戦より料理の好きな正時は、誰よりも平和な世の中を望んでいたに違いない。戦場で命を落としてしまう。戦いが好きで、自由な正儀は正行の遺志を継いで、南北朝の合一に尽力する。

年を取った正儀と弁内侍が、庵で言葉を交わす場面が印象的だった。

音楽も良かった。特にトップ娘役の美園さくらさんの伸びやかな高音は忘れられない。だがやっぱり、強く脳裏に焼き付いているのは、舞台上で役者の皆さんが見せてくれたお芝居だった。

正行の最期は、壮絶で、妖艶な男の色気にあふれていた。出来ればもう一度観たい。8月15日に珠城りょうさんラストデイの配信があるそうなので、配信チケットを買おうと思っている。

『Dream Chaser』 個人的見どころ

宝塚歌劇団のショーは、テーマに沿って歌い踊るレヴューに近いものなので、事前にパンフレット等でテーマが何かを把握しておくと見やすい。

個人的に『Dream Chaser』で好きだったのは、まるで某事務所のアイドルグループのように歌って踊る、「I’ll be back」。真ん中にいるのは月城かなとさん。ダンスのクオリティも、踊りながら歌っている生歌のクオリティも素晴らしい。出来れば何度も観たいと思ってしまう。

って、珠城りょうさんの話をしてない。

いや、歌もダンスも、トップスターとしての貫禄も、男役としての喜びを爆発させる姿も拝見した。素晴らしい男役さんだと思う。

だけど私の中では、正行の印象が強烈で、なんだかショーの珠城さんの話を綴る気が起きないのだ。正行の魅力が自分の中で薄まってしまうような気がして、何となく文字にしたくない。

ショーで輝いていた珠城りょうさんは、胸の中にしまっておくことにする。

退団後の珠城りょうさんがどんな道を歩まれるのか分からないけれど、是非舞台に立ち続けていただきたい。

何でもあり? なミュージカル

ミュージカルを観始めて日が浅い私は、以前、ミュージカルについて色々知りたくて、本を読んだ。

小山内伸氏の著書「ミュージカル史」に綴られていたのは、世界各国で流行した様々な個人芸を収束・統一していく流れだった。その結果上演されている現在のミュージカルは、各国で流行した個人芸のいいところをミックスしたものになっている。

ミュージカル

『イン・ザ・ハイツ』を観て、『桜嵐記』を観て、ショー『Dream Chaser』を観た私は、一言で「ミュージカル」と言っても、実に様々な表現の仕方があるものだなと、感心してしまった。

『イン・ザ・ハイツ』のように、音楽とダンスで直接心臓をつかんで揺さぶるような作品もあれば、『桜嵐記』のようにお芝居の印象がほとんどを占める作品、『Dream Chaser』のように宝塚の組全体がまとまってテーマに沿って踊り、歌うレヴューに近い作品もある。

ミュージカルの歴史からして、これからも新しい表現の形を取り入れて、どんどん面白くなっていくのだろう。「何でもあり」なミュージカルの懐の深さに思いを巡らせると、死ぬまでにどれだけ多くの面白い作品に出会えるのだろうと、ワクワクしてくる。

終わりに

実は、公演が始まる前にTwitterでつながった明日海りおさんのファンの方からDMが来ていた。

「突然ですが、本日明日海さん月組ご観劇だそうです」

息を呑んだ。
私の座席はSS席ではなかったので、おそらく明日海さんがいるであろうあたりの席からは距離があって、間にたくさん人がいて、オペラグラスを使っても見えなかった。月初でなければ、もう少し会社を早く出られて、お姿だけでも見られたのか? と頭の中をぐるぐるいろんな思いが駆け巡った。とはいえ、同じ空間でお芝居を観られるなんて夢のようだと思っていた。

だけど、明日海さんに一目だけでもお目にかかりたいという、けっこう強めの気持ちは、公演が始まったらなりを潜めた。舞台の上の月組の皆さんのお芝居に魅了されたからである。

素晴らしい楠木正行を見せてくれた珠城りょうさん、美しく気高い弁内侍を魅せてくれた美園さくらさん。お二人をはじめとする月組の皆さんに、心から感謝したい。

宝塚友の会でチケットが当たる確率は、会員の「ステイタス」と呼ばれるものに依存するそうだ。入って2か月ぐらいの私のステイタスは、入りたての人間が全員割り当てられる「レギュラー」である。つまり、友の会で抽選チケットを申し込んでも、当たる確率が一番低い。そんな私の手に、月組トップの二人の退団公演で、かつ明日海さんが観劇する公演のチケットが来てくれる確率は、いったいどれくらいなのだろう。

もしかしたら私は、とんでもない強運の持ち主なのかもしれない。
明日海さんと同じ空間でお芝居を見られた興奮と、舞台の熱気に背中を押されて、私は東京宝塚劇場を後にした。JR有楽町駅に向かう私の頬を、夏の熱い風が撫でていく。

熱くて暑い夏なのに、舞い散る桜と佇む正行が見えた不思議な夜だった。

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