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40代普通のオバサン、「論語」と出会う

読書は、ハマる期間があったら「クッ」とハマります。昨年の秋ごろに、ある歴史的人物を演じる機会があったのですが、その方が学んだであろう『論語』を読んだんです。

三浦春馬さん「日本製」インタビューより
https://book.asahi.com/article/13293887

全力で仕事に駆け抜けた20代、自転車の前と後ろに抱えたものの重さと、仕事とのバランスに苦悩した30代、そして迎えた40代。
不惑と言われる年代になっても惑ってばかりの私に、心の整え方を教えてくれた本との出会いは、尊敬する人の言葉が導いてくれた。

自分が仕事を大量にこなすことこそベストの20代

新卒で入社した会社でシャカリキに働くこと数年。私は他人の仕事をぶんどって、人の1.5倍程度の働きをしていると自負していた。当時はそれが自分の存在価値を高めることだと、信じて疑っていなかったのだ。

馬車馬のような私の働き方を止めたのは「切迫早産による入院」だった。妊娠7か月ごろ、検診にいったら突然入院となり、以後病院から出ることも、ベッドから起き上がることもできない状態になった。当然産休に入る前の仕事の引継ぎもほとんど出来ないまま、なし崩しに休みに突入した。

それまでの私は、精神的にも肉体的にもタフさに自信があった。だから「突然休まざるを得ない状況に追い込まれる」自分など、カケラも想像していなかった。もちろん、そのせいで周囲がどれだけの迷惑をこうむることになるのかも。

このとき私を襲った先輩や同僚に対する申し訳なさは、産休・育休を経て復職した後の仕事に対するスタンスの変化につながっていく。 

家庭と仕事を両脇に抱え、軽さと重さにつぶされそうだった30代

産休・育休を経て復帰した後は、子どもが病気がちだったりして仕事を早退したり、突然休んだりすることが増えた。予定していた通りに勤務時間すら確保できない日々の中で、以前のように大量の仕事を抱え込めなくなっていることに気づいた。

そんな中でもっとも出産前と意識が変わったのは、同じチームで仕事をしている仲間を信頼し、誠実に接するようにと考えるようになったことだ。仕事を抱え込めなくなったことで、周囲を信頼して状況をなるべく細かくシェアすることが、チームで仕事をする上で必要不可欠になったのだ。

仕事の状況が周囲に細かく伝わっていれば、突然私が休むことになっても、大きなトラブルにはならない。しわ寄せが周囲に行ってしまうことへの申し訳なさは、とにかく相手に誠実にあることでカバーしようとした。「しょうがないじゃない」、「勘弁してよ」ではなく、出来るだけ他の人の分をカバーした。そして、どこまで進んだかを細かく共有した。

家庭においても同様に状況をシェアしたかったのだが、こちらはなかなかに大変だった。家事や育児に対する「自分ごと感」が共有できていなかったからだ。

私は、できる限り誠実に夫に接することにした。何もかも言いなりになるというわけではない。子供に起きたこと、やるべきことについて、自分の仕事の状況についてはきちんと話をして、結果的に私が動かなくてはいけない状況になったとしても、「大変な状況である」ということだけは伝えておくようにしたのだ。おかげで、誰かほかの人の手を借りることについて、夫は特に何も言わなくなった。

自転車の前と後ろにわちゃわちゃを乗せて、保育園や小学校から帰って、家事する生活をずっと続けた30代。仕事ではなんとなく他の人の8掛けの評価。家庭では「ありがとう」すらもない。取り組んだことが軽く見積もられていることへのモヤモヤを心に抱えつつも、自転車の前も後ろも、彼らへの責任もどんどん重くなる。

そんな、いわば我慢の時代を過ごす中で、「周囲に誠実であること」「少なくともあろうと努力すること」が日常を支えていると、頭ではなく体で理解できた。

ただ、その「誠実さ」は、あくまで自分の都合で発揮されているものだということに、この時の私はまだ気づいていなかった。

そして、40代

子どもが中高生になった今、私は再び仕事に時間を割き始めている。コロナ禍で夫の在宅勤務が増えたおかげで、家事をシェアできるようになったことも大きい。私はもともと仕事好き人間なので、仕事に時間を多く割けるようになった今の状況を楽しんでいる。

そして、仕事において、周囲の期待値が高まってきていること、期待の質が変わってきているということを、肌で感じている。
「私がやるべき作業」をたくさん抱え込むのでも、「私がやるべき作業」を誠実さをもって周囲にカバーしてもらうのでもなく、「誰かにやってもらうべき作業」がたくさん与えられ、振り分ける先を考える役割が私に期待されるようになってきているということだ。

私自身が抱え込んでたくさん仕事をさばくのではなく、誰かにやってもらうというのは、難しい。仕事を割り振る相手にも感情があるし、今抱えている仕事もある。時には衝突したり、またある時には、私のいないところであらぬことを言われたりすることも、しばしばだ。

家庭においても、子どもが中学生や高校生になるとお世話は必要なくなるが、子どもなりに社会的存在として壁にぶち当たることが増える。子ども自身がした事の結果を、自分で受け入れて消化しなくてはいけなくなる。

親に出来るのは基本的に、話を聞いて見守るのみ。ゆっくり話を聞く時間が必要になる。子どもは私ではないので、「こうすればもっと上手くいくのに」とアドバイスをしても、耳を貸してくれなかったりする。なかなかこちらも難しい。言い合いになることもよくある。

仕事の状況と家庭の状況、両方が壁にぶち当たるタイミングというのもある。こういったことが増えてきたのが40代に入ってからだ。

心にかかる負担が増えてきたなと感じはじめた、その時に出会ったのが冒頭の言葉だ。マニアックなファン心理が私を駆り立て、彼の演じた役を支えた「何か」を、詳しく知りたくなった。普通のオバサンである私の「論語」への扉が、開かれた瞬間だ

「論語」が教えてくれたこと

いきなり「論語」を読むのは難しいだろうと考え、渋沢栄一著「論語と算盤」を先に読んだ。確かにエッセンスは理解できたが、これはあくまで渋沢栄一的理解の上にある「論語」だなと感じていたので、本文(書き下し文)とその解説だけで構成されているものを読むべきだろう、と思っていたが、難しそうで躊躇していた。

Amazonのレビューをみながら、いくつか電子書籍で「論語」の本を読んでは挫折していた私が、平易な言葉で書かれている「論語」の本を探しに探して、行きついたのがこの本である。

本書は、文庫本の上段と下段に分かれている。上段に漢文の書き下し文が、下段に現代語訳が載っている。上段を目で追いつつ、下段の現代語訳を読むと非常に理解しやすかった。さすがにあっという間にとはいかなかったが、読みにくさを感じることは最後までなかった。

読んで印象に残っており、時々振り返って胸に刻みたい言葉を2つ、紹介しておく。

夫子の道は、忠恕のみ

孔子先生の道は、心を尽くし、人を思いやる忠恕のまごころのみであるということです。

これは、「論語」という書物を通じて、最も核となることを端的に表した言葉だと感じている。

人の己を知らざるを患えず、其の不能を患うる也

人が自分の能力を知ってくれないことを不満に思うより、自分が力量不足であることを心配しなさい

30代の時に抱いていた、「自分のやってることへの正当な評価が得られない」というモヤモヤへの強烈な戒めとして、この言葉は強く心に残っている。

「論語」の内容を平易な文章で紹介してくれた、この本に出会えたことは、幸運だった。とっつきにくいと思っていた孔子の言うことは、何も難しいことを言ってるわけではなかったのだ、と目から鱗が落ちる思いを味わわせてくれた。

読みにくさを排除した後に残っていたのは、孔子が弟子やその土地の施政者たちと、ポリシーを持って対話する姿だった。そして、主に対話の内容を綴った「論語」という本からは、孔子がどのように「徳」というものをとらえていたか、「仁」とは何か、「忠」とは何かということが、確かに感じられる。会話をそのまま文字にするというシンプルな構成ながら、常に学び続け、日々「徳」を体現していくことの難しさと尊さが、確かなインパクトとともに伝わってくる。

また、「論語」は、価値観が多様化する現代の中で、一つの拠り所となりうるようにも思えた。様々な「徳」や学びについて、弟子や、当時の施政者を例に挙げて語っているが、結局はすべてが「忠恕(まごころと思いやり)」に行き着く。シンプルで、いつの時代にも通じる考え方だ。だが実践し続けるのはとても難しい。傍らにいつも置いておき、心が乱れたらページを開きたくなる。「論語」はそんな本である。

終わりに 私が大切にしているもの 大切にしたいもの

自分の持つパワーを最大化することこそ善、という価値観でなんでも自分に引き寄せた20代、子どもに恵まれ背負えるものを何でも背負って、こぼれ落ちたもの・こぼれ落ちそうなものを、誰かに負担してもらった30代。根底にあったのは、「基本的に自分が抱え込んで処理するのが一番効率的」「手が足りなければ、しかたなく頭を下げて他の人に頼む」という狭く凝り固まった考え方だった。つまり、私が大切にしていたのは、あくまで私自身であって、「誠実さ」だと思っていたものは、自分の思い通りに物事を運ぶ手段でしかなかったのだ。

「論語」と出会って、その価値観が変わった。
私自身のパワーを最大化するという発想でものを考え、言葉を発しているうちは、誰かを動かし、まずまずちゃんとした方向を向かせ、一緒に頑張るのは難しいと気づかされたのだ。なぜなら、それはあくまで自分に返ってくるものありきの発想で、真ん中にいるのは自分だからだ。

相手を幸せにし、気分良く過ごし、共に頑張れる方向を向いてもらうためには、自分自身が忠恕の心をもって、相手に接することを忘れないようにしなくてはいけない。中心に自分を置いて、自分に何か良いことが返ってくる流れの中だけで考えてはいないかと、常に自省しなくてはいけない。そうすれば、忠恕の輪がどんどん広がって、まごころと思いやりを真ん中に据えた信頼関係が築けるのではないだろうか。まだ、「論語」に出会って日が浅いけれどそんな風に思えてならない。

言うのは簡単だが、実践し続けるのはとんでもなくしんどいし、難しい。このことに気づいてから、ほとんど毎日反省ばかりしている。自分の言葉や行動は、まごころと思いやりの対極にあると感じることばかりだ。四十にして惑わずといった孔子の足元にも及ばない。

私はそんなにできた人間ではないから、自身が忠恕の心を保てない場合も多々あるし、心が相手に伝わりきらないことも日常茶飯事だ。そんなときは自分自身を整えるために、何度も「論語」のページを開くようにしようと思う。

私が大切にしてること、大切にしていきたいこと。
それは、「論語が教えてくれた、忠恕(まごころと思いやり)の心」だ。

自分の整え方を教えてくれた「論語」との出会いは、生涯の宝となりそうな気がしている。

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