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俳優・三浦春馬の凄さを語る 映画『君に届け』

みなさんは、『君に届け』という映画をご存じだろうか。

2010年に多部未華子さんと三浦春馬さんの主演で公開された『君に届け』は、その年のヒット映画となった。

少女漫画の主人公の恋の相手。
2010年当時、自転車の前と後ろに子供を乗せて、保育園から猛スピードで帰宅して、怒涛の夕方を過ごしていた身には、食指の動かない役どころだった。
後で改めて観る機会があった。よくある少女漫画の実写版でしょ?あーまた、イケメンがやってるねえ。ぐらいに考えていた私の想像を、三浦春馬さんは軽々と超えていった。

2021年の締めくくりとして、映画『君に届け』の魅力と、この作品における三浦春馬さんの凄さについて綴っておきたい。

その前に、軽く『君に届け』原作について紹介しておく。

0. 『君に届け』原作について

もともとは、椎名軽穂さんが2006年に連載開始した少女漫画だ。連載は11年続き、単行本は30巻まで出ている。人気のある漫画だったのは間違いなさそうだ。

冴えないが真面目で他人思いの主人公・黒沼爽子(多部未華子さん)と爽やかな人気者・風早翔太(三浦春馬さん)の紡ぐ恋の物語となっている。

1.構成の妙:季節の移ろいで描く風早君の心の動き

爽子と風早君が、高校に入学した日。

学校へ向かう途中の分かれ道にある、桜の木の下で二人は出会う。

爽子の髪に、変わった形の桜の花びらが舞い落ちる。
風早君はそれを取って、「変な形」と言いつつ爽子に渡す。

1学期が終わる日。肝試しの約束をした日。
先に教室を出た爽子を追いかけて、爽子と風早君は、葉桜の下で話す。

爽子の気持ちと、風早君の感情がすれ違う。
セリフに現れない、多部未華子さんと三浦春馬さんのお芝居が絶妙だ。
瞬きの回数と視線、頬の筋肉の動かし方で、二人の感情が伝わってくる。

爽子は人への気遣いを欠かさない人間でありながら、どうも恋愛については絶妙に鈍い。一方、人気者で仲間の輪の中心にいるヤツに見える風早君は、仲間の輪の中心にいる時と、爽子といる時で表情が全く違う。

葉桜を見上げながら、風早君の脳裏によみがえる桜の花。爽子の姿と笑顔。
映像と二人のお芝居だけで魅せられる。いっそ、風早君の心の声のモノローグ、「いつか、届くだろうか・・・」は要らないぐらいである。

体育祭が終わった後、学校の人気者・クルミちゃん(桐谷美玲さん)に告白されてあっさり断った風早君が、自転車を押しながら、枯れ葉の残る桜の木を見上げる。

どんどん大きくなっていく彼の思いと、散っていく桜の葉のコントラストが胸をぎゅっと締め付ける。

そして、出会った年が終わり、新しい年を迎える時。
桜の木の下で、爽子と風早君は、互いの気持ちを確かめ合う。

爽子の生徒手帳にはさまれた、あの日の桜の花びら。
空から降る雪は、二人の目にどう映っただろう。

2人の出会いの場所である桜が、季節の移ろいを感じる場面で必ず登場する。そして、それは風早君の心のありようともつながっている。
まるで桜の木が、風早君そのものであるかのように錯覚してしまう。

春から夏、夏から秋、秋から冬への移ろいと、風早君の思いの深まりをつなげて映像として見せる。
出会って、思いが深まって、俺何やってんだろうって気になって、恋が成就する。

映画って、ほんとうに味わい深い。

2.春馬さんのお芝居:人柄がにじむ「いいよ、ゆっくりで」

大晦日から新年になる、その時。

出会った桜の木の下で、二人は向かい合う。
焦りつつなんとか、気持ちを伝えようとつたない言葉を探し続ける爽子に、風早君は声をかける。

 「いいよ、ゆっくりで」

やさしく、ゆったりと寄り添うような発語。
役者・三浦春馬の真骨頂である。

その直前、大晦日の夜の神社は参拝客でにぎわっていた。

奥の広くなってるところで、龍(風早君の友人。演:青山ハルさん)と風早君がキャッチボールをする。
龍の問いかけに、風早君は爽子の好きなところを語り始める。
いつも一生懸命で、他人のことを思いやって・・・

ふと、風早君は気づく。自分は爽子を思いやれていただろうか、と。
独りよがりに、思いを押し付けてはいなかっただろうか、と。

風早君が爽子に自分の気持ちを伝えた後、
なんとなく二人の間は、ぎくしゃくしていた。
もう少し爽子の気持ちを考えるべきだったと、風早君は気づくのだ。

この「キャッチボール」の場面が、私はとても好きだ。
相手がいて、良いところにボールを投げ返してくれる。
自分も、相手の取りやすいところにボールを投げる。
だから、キャッチボールは続く。

風早君は、キャッチボールを通じて、自分の身勝手さに気づくのだ。 

「いいよ、ゆっくりで」

 爽子がボールを投げ返してくるのを、風早君は待ってくれている。
なんという温かい少年なのだろう。

私の脳裏に、よちよち歩きの風早君を笑顔で見守る、ご両親の姿が目に浮かぶ。原作漫画でどうなっているのかは知らないけれど、きっと風早君のご両親は、ゆっくり温かく子供の成長を見守ってきたに違いない、と感じる。

3.映画ならではの表現:「さわやかからできている」

映画『君に届け』には、決して説明的には描かれていないのに、漫画の何10ページぶんにも及ぶ内容が、わずか30秒程度の映像で表現されているシーンがある。

爽子が、風早君についてピン(爽子の担任。演:井浦新さん)から
「お前あいつのことどう思ってるんだ」と訊かれるところだ。

この場面、植え込みの向こう側を誰かが通っているのが、まず目の端に飛び込んでくる。植え込みの切れ目のところにその「誰か」が差し掛かったところで、風早君であることが分かる。

風早君の姿が植え込みに隠れている間、爽子は小さい声で「どうって・・・風早君は、いつもさわやかで・・・」とピンに言う。この「さわやかで・・・」のあたりで風早君は姿を現し、爽子を目でとらえ、立ち止まる。

ピンは、大きな声で「ええー? さわやか? 翔太が?」と返す。
明らかにこの直前の爽子の声の大きさと、ピンと爽子のいる位置からして、ピンの「ええー?」からしか風早君の耳には入っていないはずだ。

続いて、明らかに声のトーンを上げて、爽子が「はい。っていうかむしろ、さわやかから出来ている人なんじゃないかと」と言う。

「ねえ、それってどういう意味?」とほんの少し強めの口調で問う風早君。ピンが親密そうに何か耳打ちするのに腹を立てたのか、走って2人のところへ駆け付ける。

時間にして30秒ほどの短いシーン。
漫画を読んでいなかったのだが、この場面だけどうしても漫画でどう描かれているのかを知りたくて、友人に頼み込んで読ませてもらった。

そうしたら、漫画だと
・花壇で話していたのは、中学校時代の同級生の女の子
・花壇は校舎のすぐ外側で、水やりをしている爽子と廊下をたまたま歩いていた風早君とが自然に気づいて話しかけられる距離感
・風早君は、会話中わずかに頬を染める(読者はここで風早君の気持ちがわかる)

と描かれていた。一方、映画では

・花壇で話すのは、担任とはいえ風早君と比較的年齢の近い男性(ピン)
・花壇と風早君の間には結構距離があり、おそらく爽子の普段の小さい話し声は聞こえない。

という映像にしてある。
「あの距離感でも爽子を見つけてしまう」「男性と話す爽子が気になる」「男と妙に接近してると追い払いたくなる」、つまり、もうだいぶ爽子が好きなんだね、ということがわずか30秒で観客に伝わってくるのだ。

映画は説明的な描写をしていない。しかし、漫画ではおそらく丁寧に何巻もかけて紡がれたであろう風早君の気持ちは、この花壇のシーンで端的に表現されている。遠くからふと、爽子を見つめるまなざし。ピンがガシっと爽子の肩を抱いた瞬間の身体の動き(ちなみにその瞬間、春馬さんの姿はピンボケである)。

この場面で何を表現しようとしているのか、きちんと理解していなければ出来ないことだろう。

終わりに

実は、『君に届け』については以前一度書いている。

これを読み返してみて、いま私の目に見えているものについて、改めて書いておきたくなった。

『君に届け』という物語自体は、「THE 少女漫画」。王道中の王道だ。ストーリーは原作そのままに、映画ならではの表現を取り入れ、役者の力で高校生の純愛をリアルに浮かび上がらせた作品。私にはそんな風に感じられた。

原作の風早君がどんな人なのか、私は知らない。
だが、映画『君に届け』の風早君は、カッコいいけどちょっぴりオクテで、心から笑ってみせることは実はそんなに多くなくて、人に寄り添うことが出来るとても心の温かい人だった。

「人に寄り添う」という風早君の属性は、もともと原作にもあったのだろうけど、三浦春馬さんが風早君を演じたことで、より説得力を増したと思っている。

『君に届け』の風早君が三浦春馬さんにピッタリだったのは、ただイケメンだからではないのだ。彼の本来持つやさしさやぬくもりが、時代が求める「少女漫画のヒロインの相手役像」にピッタリハマったからだろうと思っている。

三浦春馬はカッコいい。イケメンである。
この1点だけで『君に届け』の風早君が彼に似合うのも、当然に思える。

だが三浦春馬に、ハマり役でない役など、ないのだ。
イケメンであるかどうか、カッコいい役であるかどうかは、関係ない。
どんなにカッコ悪い役であっても、すべて三浦春馬のハマり役なのである。

嘘だと思うなら、何でもいいから作品を観てほしい。私の言っていることが、決して大袈裟ではないことがお分かりいただけるはずだ。

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