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人は転んで立ち上がって成熟していく 『大切なことはすべて君が教えてくれた』

ある日。

明日海りおさんの主演ミュージカル『マドモアゼル・モーツァルト』のキービジュアルが配信された日だったか、はたまた2度目の『フェイクスピア』観劇に感動して、足が動かなくなった日だったか忘れた。

とにかく何か他のことに気を取られていた日に、そのニュースは飛び込んできた。

TVerで、三浦春馬さんの出演作『大切なことはすべて君が教えてくれた』が全話配信されるという。しかも7月6日までの期間限定と、かなり短期間だ。

子どもの進学を控えていたのと、3.11が重なってドラマどころではなかった時期で、私はこの作品をリアルタイムでは観ていない。すでにこの作品のDVDを購入しているので、焦って観る必要は無かった。だけど、せっかくいいタイミングをもらったので、他に観たい作品が一段落した7月4日ぐらいに思い立ち、一気に全話観ることにした。

本作について少し詳しく説明しておくと、当時20歳だった三浦春馬さんの月9初主演作として,、話題になった作品である。ドラマスタート時の触れ込みとしては、婚約者がいるのに生徒とイケナイ関係になってしまう役だ、と言われていた。

当時の時代背景を少し調べてみた。東京都の青少年健全育成条例にいわゆる淫行条例が追加されたのが2005年。『高校教師』のリメイクはこれより前の2003年。先生と生徒の間に恋愛感情が生まれてしまう(生まれてしまいそうなことを匂わす)作品はなかなかハードルが高かったのではないか。

また情報漏洩に関する罰則が規定されたのが2015年。個人情報保護法はすでにあったものの、情報漏洩が起きたからと言って明確な罰則がなかった時代で、みんなが持っているのはスマホではなく、折り畳み式の携帯だ。SNSの発達度合いも、今とはだいぶ違っただろうし、情報漏洩に対する世間の温度感も、今とは異なっていたのではないだろうか。

そんな時代に作られた本作。三浦春馬さんは当時20歳。相手役の戸田恵梨香さんもまだ22歳。落ち着いた役が似合うけれど、実年齢の若いこの2人がキャスティングされたことに込められた意味を、私はまだこの時感じとれていなかった。

1話開始早々感じる違和感

男っぽい上半身を露にして、柏木修二(三浦春馬さん)がベッドで目覚める。
「やべっ」という顔をする修二。どうやらだいぶ予定より遅かったらしい。

急いで出かける支度をしていると、脱ぎ散らかされた女性ものの服に気づく。

恐る恐るベッドを確認する修二の目に、ベッドの足元側で、身体を横方向にして寝ている女性の姿が飛び込んでくる。

つまり、オープニングシーンで寝顔が映し出されたのは、修二のみで、佐伯ひかり(武井咲さん)は彼の足元にいたわけだ。

私はこの瞬間、あれ? と思った。
実際の夫婦なら妻の寝相が悪いということだってあるだろうが、ドラマで、一夜を共にした後の、艶っぽい二人の登場がこんなのって、あり得ないと思うのだ。

修二は戸惑いながらも「ちゃんと話そう」と言い残し、自転車で学校へと向かう。

どうやら、普通に「知らんけどやってしまったらしい」という2人ではないんだろうな・・・と想像しながら続きを観た。

美男美女カップル・修二と夏実のパワーバランス

女性を部屋に連れこんだ記憶など全くない修二は、混乱した頭のまま自身の勤める高校へ向かう。職員室に入るとそこには、笑顔の婚約者・夏実(戸田恵梨香さん)がいた。

修二も夏実も、生徒から人気がある。「先生、おはよう!」と生徒たちのほうから、気さくに声が飛んでくる。2人が結婚する予定であることを、生徒たちもみんな知っている。

出席を取っていると、遅れて教室に入ってきた生徒がいた。名前は佐伯ひかり。さっきまで修二のベッドにいた女性だった。

修二の表情にあらわれる、驚きと不安。どうしたらいい?とまるで子供のように目が泳ぐ。いつもの、三浦春馬さんのお芝居だ。

見た目はカッコいいし、女子生徒から人気もあるし、何なら男子生徒からも一目置かれている。だけど、修二は何だか・・・人形みたいだ。何故なんだろう。

服装も、没個性的だ。シャツの上にアーガイルのセーターにジャケットにチノパン。いつも同じ組み合わせだ。面白くない。もっとも、これは教師という職業柄かもしれないけれど。

回が進むにつれて明らかになるのだが、修二は引かれたレールの上を歩くというか、相手が「こうあってほしいと望んでいるんだろうな」ということを予測して、その通りに行動する男なのである。そこに存在するのは、修二自身の意思によって生まれる自分ではなく、誰かの望んだ自分だ。

幼少期、その「誰か」は親だった。大人になった今は、「教師はこうあるべき」「婚約者としてこうあるべき」にがんじがらめになっているように見える。何かあるとすぐ「ごめん」と謝り、夏実に「修二はどうしたいの?」と問われる。

一方、修二の恋人・夏実である。

夏実は帰国子女で、自分の意見をはっきり持っている。修二といても、何かを決めるのはほとんど夏実だ。行動力もある。そんな夏実の婚約者である修二は、「夏実のしたいようにしていいよ」というのが優しさだと勘違いしている。ひかりとのことがバレて、それでも結婚するかどうかという大事な話になった時も、「夏実のしたいようにしていい」という。

これは・・・夏実は疲れるだろうなと同情してしまう。なぜなら私にも覚えがあるからだ。

夏実を演じる戸田恵梨香さんの発声に驚いた。私はたぶん『流星の絆』以降、ほとんど彼女の出演したテレビドラマは観ているが、声が全然違ったのだ。本来の戸田恵梨香さんの声より、高めに発声されている。本作が放送される直前のクールで、戸田恵梨香さんは『SPEC』という大ヒットドラマの主役・当麻紗綾を演じている。それを知った時私は、自分の脳内であの「せぶみぃぃぃ!」と野太く怒鳴る声を勝手に再生してしまい、いったいこのギャップは何なんだと混乱した。

本来の自分より、かわいらしさを盛った自分を、修二には見せているということだろう。夏実もまた、婚約はしたものの本音を出し切れていないのではないだろうかという疑念が、私の胸に広がる。

修二と夏実は、高校時代の同級生だ。いつから付き合い始めたのかはハッキリ示されていない。修二には元カノ(篠田麻里子さん)がいることからしても、高校時代からずっと付き合っていたというわけではないと思う。だけど、昔からお互いを見てきているのに、なんだか修二には夏実があまり見えてないし、夏実には修二がどういう人間かが割とちゃんと見えているように思えた。

佐伯ひかりの抱えるもの・求め続けたもの

修二のクラスの女子生徒の一人、佐伯ひかりは修二を想っている。彼女は先天的に卵巣に病気を抱えていて、「薬を飲まないと女性でいられない」コンプレックスを抱えている。

病気のせいで、人として、女性として欠陥品であると自身を責めている。
姉がいたが、一緒に旅行に出かけた先で事故に遭い、亡くなっている。

ひかりは、両親が旅行先に駆け付け、医師から「姉妹の片方だけ助かった」とだけ聞かされた状態で病室に入った瞬間、両親が一瞬だけガッカリしたのを見てしまったのだ。

身体に障害を抱える妹が生き残って、特に問題ない姉が亡くなった。その事実に、本当に本当にほんの一瞬だけ、両親の落胆が顔を出してしまった。

あってはならないことだ。だが、自分は絶対にそんなことをしないと言い切れるだろうか。人は、いくつになったって、転ばないように注意していたって、転ぶ生き物だ。どうやって立ち上がって歩いていくかの方が重要なのだ。

佐伯家は、一緒に立ち上がって歩いていくのに失敗した。

両親は離婚し、ひかりと一緒に暮らす母は、腫れ物に触るようにひかりに接する。そもそも、高校生の娘が一日外泊なんてしたら、普通の親は大騒ぎして探し回るだろうと思うのだが、どこにいるか分からなくても騒いだ形跡がない。

幼少期はちゃんと愛されて育ったのだろうが、思春期という不安定な時期に姉をなくし、両親の一瞬の落胆を目の当たりにしたひかりは、壊れてしまったのだろう。

そこに現れたのが修二で、修二に執着し始める。

夏実に様々な嫌がらせをしたり、宣戦布告めいた言葉をぶつけたりするのだが、夏実は心を乱されつつも、表面上は泰然とした態度を崩さない。

ひかりには、修二も夏実も誠実に接している。この2人はやはり、人としての相性が良いのだろう。半ば壊れていたひかりは、修二と夏実の誠実さに癒されて、身を引く。

ひかりとの関係が学校にバレる

偶然、ひかりの携帯に保存されていた修二の写真から2人の関係がバレ、それまで修二になついていたクラスの生徒たちは、修二を責め立てる。

教師と生徒、というのは微妙な関係だ。それまで気さくに話し、きちんと挨拶もできていたのは、あくまで教師と生徒としての信頼関係が、クラスの生徒たちときちんと築けていたからに他ならない。

ひかりとのことがバレ、クラスの生徒たちと修二の信頼関係は崩れた。

クラスの生徒たちが修二を信頼していたのは、夏実という、男子生徒にも女子生徒にも人気のある教師と婚約し、もうすぐ結婚する予定であること。教師としてアドバイスを求めれば、的確な返事が返ってくること。頭ごなしに怒らず、話をきいてくれること。話している言葉に、ウソがないと感じられること。そんな積み重ねの上に成り立っていたはずだ。

だから、修二の言葉に嘘を感じ取った彼らが、「裏切られた」と修二を責めるのは当然だ。やり場のない怒りと、高2の冬で受験のことを本格的に考えなくてはいけない不安とも合わさって、はけ口が必要だったのだろう。彼らの気持ちももっともだと思う。

結果として、ひかりの口から真実が語られたことで、2人の間に何もないことが分かる。ひかりは、当然学校に居づらくなるほど白い目で見られるようになる。それはそうだ。一度は怒りの矛先を修二に向けたのに、今度は、ひかりに裏切られたわけだから。

この時、修二は自らひかりが学校に来られるように待つと夏実に告げるのだ。

修二というキャラクターは明確で、周りの全員がぐうの音も出ないほどのど正論を通そうとする。自分の意思ではなくて、大事なのは「どう見えるか」「どうあるべきか」。教師として、健康上の事情と家庭の事情を両方抱えこんだ生徒が孤立するのを、見過ごさないのは正解なのだろう。

だがそれは、「世間」が導く「正解のようなもの」である。

こんなにいろんなことがあったのに、修二を支え続けた夏実は、修二が自らの意思でひかりの近くに居てやるのだと決めたその時、別れる決意をする。

私は夏実の気持ちが凄く良くわかる。
自分のためには何一つ決断をくださないのに、ひかりと一緒にいる決断は下せる、ということにショックを受けたのだと。

もちろん、修二がひかりと一緒にいる決断をしたのは「教師としてそうすべき」だからだ、と夏実は信じたいのだと思う。

修二の決断の根底には、夏実に対する甘えがあると思っている。この時まだ、自らの意思で何も決断していないということに気づいていない修二は、自分の決断の陰に「夏実ならそれでもそばにいてくれるはずだ」という甘えが、厳然と横たわっていることにも、気づいていない。

結局、ひかりとの間に何もないと分かっても、修二は半年間の謹慎を余儀なくされる。修二は、やりがいを感じていた仕事を無理やり休まされ、婚約者を失った。なんというか、もう満身創痍の状態に陥ったのだ。

修二と夏実はどう「転んで」「立ち上がった」か

謹慎期間中、実家の酒屋を手伝っていた修二。近所での噂を気にしてか、姿勢も悪く伏し目がちだ。配達に行って帰ってくるときも、なるべく誰とも目を合わせないようにして帰っているようだった。

だが一番は、夏実に別れを告げられたことが堪えているのだろう。何があっても支えてくれると無邪気に信じていた存在がいなくなったのは、修二にとって見た目の雰囲気を変えてしまうほどのショックだったに違いない。

半年後、元気なく学校に行った修二は夏実と再会する。
夏実はこの時、妊娠中である。

修二にはちゃんと告げて、一人で出産することも伝える。

修二が結婚もしないのに夏実が妊娠しており、しかも一人で出産すると言っていることを知った修二の両親は、夏実の両親に謝りに行く。
子どもの時から、親に迷惑をかけることなどなかった修二の失態に、親が頭を下げに行くのを目の当たりにしたり、ひかりとあくまで教師と生徒として接する中で、修二は次第に変わっていく。

夏実の妊娠が学校にバレて、結婚しないこともバレた修二と夏実の決断は、学校で問題になる。穏便に事を収めようとした学校側に対して、辞めないという修二。辞める時は、クビにしてくれと言う。

結局前の件との合わせ技一本で学校を辞めることになるのだが、自分の意思をちゃんと口にできた彼は、予想以上に晴れやかだ。俺は変わった、とでも言いたげである。

夏実の方は、お腹の中でだんだん育っていく命を実感するたび、両親に自分が生まれた時の話をきくたびに強くなっていたのだと思う。結婚がダメになったぐらいで、落ち込んでいる場合ではないのだ。

幸い、夏実にはちゃんとした仕事もあるし、両親も健在だ。自分のために一緒に辛いことも乗り越えてくれる両親が、そばにいるから立ち上がれたのだと思う。

多分二度目のプロポーズ

ひかりが1人で北斗星に乗って、亡くなった姉との旅行の続きをしようとするところで、1人で行くことを察した修二は北斗星に乗る。乗るけれども、愛しているのは夏実だけだときちんと告げる。

最初からそうすればよかったのに。誰かの決断をなぞるだけの男が、やっと自分の意思で人生のパートナーを決断した瞬間だった。やっぱり、自分で転んでみなければ、分からないことが人生にはたくさんある。

北斗星を途中下車した修二を追いかけて空港に来た夏実は、空港で具合が悪くなってしまう。地元の病院に入院することになり、数日のうちには子どもが生まれることも告げられる。

この状況で、修二は(おそらく)二度目のプロポーズをする。返事はもちろんYes。

そして、この後は描かれていないけれど、修二は出産に立ち会ったのだろうなと思う。あまりの痛さに取り繕うこともできない、そして普段と違う病院で不安を抱えながらの初産を、一緒に乗り越えられたことで、2人の絆は強くなったのではないだろうか。

終わりに

修二の人としての成長を細やかなお芝居で紡いだ三浦春馬さん。そして、前クール放送の『SPEC』の当麻紗綾を演じたのと同じ人とは思えないほど、可愛らしく強い女性・夏実を演じ切った戸田恵梨香さん。お2人とも平常運転だが、お芝居の化学反応が素晴らしくて、時に胸が苦しくなり、時に幸せな気持ちになった。共演してくれたことに心からお礼を言いたい。

落ち着いているけれど実年齢が若い三浦春馬さんと戸田恵梨香さんを起用した理由。教師という職業に就いているので年齢の割に大人びて見えるけれど、「若さゆえの未熟さ」を持ち合わせている修二と夏実を、自然に体現できると思われたからだろう。大正解だったと思う。

加えて、物語前半で見せた、まったく「自分」のない修二という役を、きちんと実在の人物として成立させる三浦春馬さんに、改めて驚嘆する。

また、複雑な事情を抱えつつ、思春期の不安定さゆえの狂気を見せ、人の温かさに触れてまっとうに戻っていく佐伯ひかりを細やかに演じた、武井咲さんにも拍手を贈りたい。

そして、菅田将暉さん。
ピュアで純粋で、一途に己の思いをぶつける平岡は、修二の存在と真逆だった。彼がいることで、修二の抱える「ある種の欠陥」が浮き彫りになっていた。お見事だった。若い時からすごい人はすごいのだと、見せつけられた気がしている。

ラストシーン。桜の木の下で、ベビーカーに載せた子どもの横で、2人の心の声がする。

愛がある人生は、傷だらけだ。
でも、だから満たされる一瞬が嬉しい。

君のために苦しむ
あなたのために泣く
幸せって、そういうことだ。

人は不完全な存在だ。時には間違うことだってある。
修二の両親は、修二に大き過ぎる期待を背負わせた。まるで転ぶことすら許さないかのように。
夏実の両親は、出来ちゃった結婚だった。順番を守らずに怒られた。
ひかりの両親は、ひかりの姉を亡くしたことでひかりを支えきれず、家庭を壊してしまった。
実際は何も関係がなかった、ひかりと修二。この時のひかりの行動も、2人の関係を責め立てた生徒たちも、みんなみんな、間違いだらけだ。

肝心なのは、間違ったときにどうするか、ではないだろうか。
間違ったとわかったとき、愛する人と一緒に苦しみ、泣き、乗り越えていくことこそが幸せなのだとすると、愛とはなんてしんどいものなんだろうとため息が出る。

だけど私も、しんどくても愛のある、幸せな生活を送っていたいと心から思う。

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