見出し画像

ここにいる意味


私がすべて悪いわけではないけれど、私はまったく悪くない、わけでもなかった。お客さんに無駄金を払わせてしまった。あと1週間早く動いていれば起きなくて済む事態だった。私の営業成績は上がる。お客さんの、払わなくてよかったお金によって。

一番被害を受けたはずのお客さんも、自分の時間を割かなければならなくなった先輩も上司も、みんな、優しい。それが殊更肩身を狭くした。
自分を慰めるようにスタバに入って、お疲れ、と宙に呟きながらラテを飲んだ。無心で残りの仕事を片付ける。窓際の席から覗く月は、雲によってぼんやりと姿をぼかされている。「私の心みたい」なんて思う情景は、心理描写のための作り物でなくても、時たま本当に目の前に現れる。「月を隠す雲」と捉えるか、「雲に隠されても光が届くほどの明るい月」と捉えるか。その無意識化の判定もまた、心の内を表していた。
他の物事に目移りせずに進めたおかげで、思いのほか早く仕事が片付いた。帰ろう。ホテルだけど。1日の大半を共に過ごす社用車に乗り、単独営業も4ヶ月目になれば幾分見慣れてきた街並みを走る。車内の音楽はなんとなく、yamaのシャッフルに設定した。

エアコンのもんわりした生暖かい空気を調整するために、少しだけ窓を開ける。
頬に感じるヒタッとした空気、
重なり合う音とハスキーな声、
ぽつぽつとイルミネーションがちらつく視界、
その、すべてが、完璧だった。
運転席から見る夜景と、yamaの曲。二つの親和性はえぐい。
一瞬MVの主人公になった。
心が掴まれて3滴泣いた。
目的のホテルを通り過ぎて、当てもなく国道を走る。ぼうっとしている自覚はあったから時速は40キロ。抜きたい奴は勝手に抜け。どこまでも自由だ、と思った。今、これから私が隣県まで夜道をドライブしたところで、無事に戻ってきさえすれば誰にも咎められない。経費のガソリン代だけごめんなさい、だけど。どこまでも自由で、どこまでもひとりだった。「一人」なのか、「独り」なのか、考えるのはやめた。明後日で東北へ越してきて半年。地元九州に住むあの子は、私の丸い顔を憶えてくれているだろうか。

3滴目がほくろの上で乾いた頃に思い出す。そういえば、運転しながら泣くのは初めてではない。あれは小学校からの友人の結婚が決まったときだった。「はる!お知らせがあります!」と珍しく長文で届いたそのLINEには、幸せと希望が詰め込まれていた。そして花束のようなお知らせを締めくくる、「無理させるのも悪いから式への招待はしないでおくね、」という言葉が、ぷす、ぷす、とゆっくり心臓に棘を刺した。5時間も経ってからぼろぼろと泣いた。運転中、あのときは山の中でリトグリのバラードを聴いていた。3滴なんて比じゃなかった。

東北と九州。その距離は、例えるならば、親族に不幸があれば帰れる距離。大事故を起こせば駆けつけてもらえる距離。そして、急遽1ヶ月半後に決まった10年来の友人の結婚式には出られない距離だった。ここにいる意味って何なのだろう。今の仕事は、ここでしかできない仕事ではない。営業所は地元にもある。私の配属先がたまたま東北だった。たまたま地元の真反対だった。

そう。
だからこそ、わざわざ1500kmも離れた場所にいるだけの仕事を、私はしたいのだった。
この場所は嫌いではない。食べものはおいしくて、景色は綺麗で、仕事もそこそこ楽しいし、職場の人間関係にも恵まれている。ちょっとだけ、新しい出逢いによって生まれた、桃色をした久しい心の感触もある。
ただ。退勤後の友達に招集かけて呑み騒ぐ夜や、泣いている親友のもとに駆けつけて抱きしめる術、老いていく祖父母と出かけるランチや、あと1年で実家を出る妹たちとリビングで寝そべりながら駄弁る時間。それらを捨てて、ここにいる。周りも自分も満足する成果を出したい。目標の数字を成し遂げたい。山を降りながら泣いたあのとき、本当に就きたい夢とは別に、私は私へゴールテープを課したのだった。こんな離れた場所へ来てわざわざ病むくらいなら速攻で辞めてやるからそれまでは、という、吹っ切れた感情と共に。

結論として、やるしかない、わけで。文章も営業の仕事も、どちらも諦めたくないのだから。やるだけやって、最高値叩き出して、飛び立って、次へ行こう。まずは、明日。

気が済むまで走って結局、ナビに頼りながらホテルへ戻った。まだまだ甘いなと、この地に笑われた気がした。
「私の心みたい」なんて思う情景は、時たま本当に目の前に現れる。ばたんと車のドアを閉めて見上げれば、月が半分。くっきりとその輪郭を現し、光を放っていた。


何も言えやしないけどこの歌だけ僕の本当だ
なんて強がりじみても大真面目に歌いたいです

yama『希望論』


ちなみに、川沿いの夜景とVaundyの東京フラッシュの親和性もやばい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?