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【恋愛小説】 恋しい彼の忘れ方⑤【創作大賞2024・応募作】

「恋しい彼の忘れ方」 第5話 -廻想-

「子育て講座」を受講し始めてから、時の流れがとても早く感じるようになった。
講座では、毎回、子どものことを話すよりも、自分のことばかりではないか、というくらい、私は「自分」にフォーカスしていた。

有紀先生は言った。
「"子育て"という、自分をやり直すタイミングで、"蓋"を開けて、"感情"に出会える」
だから、ママは、自分の内を見ていいのだ、と。

自分の様々な感情に出会い、向き合うことで、事象が変わる。その面白さにはまっていった。
夫・賢人とも、会話が膨らむことが増えていった。


しかし──。
私が、私自身ではコントロールできない、「大輝への想い」は、時が経っても消えることはなかった。もう、最後に会ってから4ヶ月。思い出さなくていいのに、頭をふと過る。
大輝が好き。大輝に求めて欲しい。この感情は、どうすればいいのだろう──?


ある日、私は、今後出会う親御さん向けの「カウンセリング」の実践を積もうと、「相互セッション練習の場」というSNSのグループに入った。そこには、コーチングやカウンセリングなどを学ばれた方々が集っていた。独立されている方もいれば、私のような教員もいる。

掲示板をスクロールして、モニター募集の案内を見ていく。

「皆さん、どんどんやられてますなぁ。」

見ているだけで、ワクワクするような文面の数々。ふむふむ、こうしてクライアントさんを募集するのね、と起業者目線で読んでいた。
すると、目に飛び込んできた文字があった。

「過去世セッション、橘ゆみさん、かぁ……。」

案内文には、こう記載されていた。
「診断では、"過去世の学びや経験で積み上げてきたもの"、"魂の成長とステージアップのために決めてきたこと"を診断します。」

過去世を経験した上で、今回の人生を決めて来ている、なんて面白い……。私は以前、どんな過去世を生きたのだろう?どんな人生を生きたいと思って、生まれてきたのだろう? 
とてつもなく、知りたい。

「宜しくお願いします、送信っと。」

まるで、私の指は半自動的に定型文を打ち込み、頭が後からついてくるようだった。




申込みから数日後──。
過去世セッションは、テレビ電話で行うこととなった。スマホを台に固定し、その前に着席する。
「今の課題は何ですか?」と聞かれそうだなと推察し、頭の中で「私は、何をすることで人の役に立てるか?」という疑問を用意した。

ゆみさんが現れ、「宜しくお願いします」とお互いに挨拶を交わした。美しい長髪で、物腰柔らかな方であった。
私が緊張気味で、ゆみさんの促しを待っていると、過去世セッションの説明が始まった。

「それでは、葵さんの過去世について見ていきますね。魂のネガ、傷を見ていきます。過去世が何だったか、よりも、どんな負債・思い込みをしたのかが大事です。もちろん、良いものも引き継いでいますので、それは生かしていく方向で。」

はい、と返事をし、さて私が課題を言う番かなと口を開こうとしたが、尋ねられない。
そのまま、ゆみさんが目を瞑り、何かを観ているようであった。
そして、ポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。

「──2つ、出てきましたね──。ギリシャ時代かな?もう一つは、江戸時代くらいの日本。」

「まず、ギリシャの方──。ああ、立派な宮殿の中に、何か壺をもっていく……領主に仕える女中のお仕事をしていますね。 綺麗な召し物を着て、女中みんなで列をなして水を運んでいます。毎日、毎日、水を運んでは、また汲みに行き、また運ぶ。」

「その時の気持ちは──。毎日同じ仕事でつまらない。他の人からは、宮殿に入れたということで、相当羨ましがられたし、家族も喜んでくれて、最初は誇らしかった。優越感を感じていた。けれど、自分としては、そのルーティンが単調でつまらなかった。」

「そこで、宮殿の奥、領主様のいるところへ、豊満な身体の女性が入っていくのを見ています。葵さんは若くて、華奢な身体つき。自分とは違うなぁと、少し比べていますね。」

「その奥では何がなされているのか、興味があるけど、わからない。葵さんは毎日、水を運ぶのみ──。領主様のことは、凄く憧れていたみたい。──あ、これは──凄く妖艶な、世界を垣間見た、って感じですね。葵さんは、領主様に見初められて、奥へと連れて行かれた。何をするかもわからずに──。そうしたら、何もわからないまま、無理やり、身体を重ねられた。男女の関係ということです。──葵さんは、まだ経験もなかったし、唖然としています。──どうして、こんな事をするの?大切にされていない──。ひどく落ち込み、ショックを受けています。そして、終わったら──事が済んだら終わり、と、もう出て行かされて──。酷いと悲しんでいます。」

「葵さんは、それ以降、その領主様を避けるようになりました。顔も見ない。──領主様は、葵さんに好意があって、なんとか話したいと思うんだけど、葵さんはもう、心を閉ざしていますね。憧れていたのに、大事にされなかった。まさかそんな事をするなんて──という悲しみで──。」


私には、思い当たる節があった。
教員として働く中で、「前年同様、例年通り」という言葉や、単調な仕事に、やる気が出なくなる事が多かったためだ。また同じでいいか、と思った瞬間、力が入らなくなり、少し投げやりになることがあった。
そして、領主との話を聞いた瞬間、脳裏に過ったのは──「大輝」だった。 
まさかね、そんなこと。それは一旦忘れようと振り払い、続きの話を聞いた。


「──そして、もう一つ。──江戸時代かな?江戸時代の日本──。こちらも御殿様……領主様かな?──その奥方、正室という立場ですね。着物を着ています。」

「こちらの領主様ですが、この領主様は、もう周りにいい顔するような人で。もちろん、領主様は、葵さんのことも自分なりに大切にしていると思っていた。でも、葵さんは、そんな領主様のことは、ちょっと、あんまりよく思っていないですね。──それより、そこに仕える、家老かな──?背が大きくて体格のよい、家老の人と、想い合う仲になっていたようです。もちろん、領主様は、自分の上司ですから、そんな奪う、なんてことは出来ない。だけど、葵さんはその家老の方が好きで、その方も、葵さんを好きでいた──。最後まで、一緒にはなれなかったけれど。二人は、お互いに同じ想いがあるのを感じていた──。」

ここまで聞いて、私は直感で、「賢人」を思い浮かべていた。

どうして?どうして賢人が浮かぶの──?
理由はわからないけれど、なぜか映し出される面影。

ゆみさんは続けた。
「──葵さんは、どちらの魂と上に上がりたいですか?」

私は、迷わず、「家老の方と。」と答えていた。ゆみさんは、イメージで光を入れてくれたと仰った。


「私、恋愛関係のことがよく見えるんですが、まさかこんな世界が見えるとは──と驚きです。この2つの過去世に共通しているのは、今一歩、踏み出せない、というところです。拗ねているんですね。最初は優越感を感じていたが、ルーティンがつまらない。大切にしてもらえなかったと1回で心を閉ざし、目も合わせない。心を開けなかった。他の女性と比べるところもあった。」

「昔は、身分が決まっていて、踏み出せなかったんですよね。例えば、貴族であれば、不労所得があるため、生活力がない、とか。でも、現代は、やろうと思えばできます。マインドのブレーキさえ、とれば。」

「魂は、情熱的なものをもっているけれど、今1つ踏み出せない、出し切れていないというところがありましたね。この魂がクリアになれば、見た目に反映されます。私はこれを、魂美容と言ってるんですけどね。」


後半のゆみさんのお話は、過去世のことなのか、今のことなのか、全くわからないほどに、"今"の私とシンクロしていて、違和感がなかった。
私は、甘えていたんだ──。
そして、こんな男性とのストーリーがあったんだ──。

とても響いていたのに、私は反応することが、言葉にすることが出来ず、呆然としていた。
これが、もし、本当ならば──?
私の直感が正しいならば──?
心臓がバクバクしていた。



賢人との馴れ初めは、こうだ──。
私が中学を卒業し、高校に入学したばかりの頃。部活動の見学をしていた時のこと。

私が、体育館の入り口から中を覗くと、少し前かがみになって、先輩たちの姿を見ている学生服の彼がいた。
眼光が鋭く、何か惹きつけられるものがあった。それほど、当時の瞬間を覚えている。

4月半ば、同じ部活動に入り、顔を合わせるようになった。少し気になっていたが、あまり話をするタイミングがなかった。
そんな折、私が教室にいる時、隣のクラスの賢人がやってきて、メールアドレスを聞いてくれた。
当時はガラケー。SNSは発達しておらず、連絡手段は、メールか電話のみ。
しばらくすると、賢人からメールが来て、そこから1日50通ほど、やり取りをしたのを覚えている。今から考えると、驚異的な数だ。

そして私達が付き合ったのは、6月19日。
付き合う時、
「俺、女の子の扱い方、全然わからないけど、いい?」
と賢人が言った。嬉しくて、そんなのはどうでもよかった。私にとっても、初めての彼、だった──。
「友達」よりも先に、「恋人」になった。そんな感覚があった。2人はのめり込むようにお互いに惹かれ合っていった。付き合って経験する、初めてのことは、全てがお互いにとっての初めてだった。手を繋ぐことも、デートも、キスも──。
9年の交際期間を経て、私達は結婚。
昔の人も羨ましがるような、大恋愛の末の結婚だと思う。
結婚した時には、既に人生の1/3以上を一緒に過ごしたね、と笑い合った。


この話をすると、大抵の人が驚く。「出会いが早い」とか、「よくそんなに続いたね」とか。
でも私にとっては、ありきたりだけど、この人しかいないと感じていた。よくいう、「ビビッと来る」という感覚なのだろう。
賢人にも、聞いてみたことがある。

「どうして、私を選んだの?」 

「──え?だって、一目惚れだったから。」 

「嬉しい。私も!」

「だって、こういう顔って、他にはいないでしょ?」

「こういう顔?そうなのかな。」

こういう会話なあたり、本当に女の子の扱いに慣れてないのが分かって、それも可愛かったし、それで傷付いたこともある。
それでも、泣いたり笑ったり。嬉しい時も悲しい時も、ずっと隣には賢人がいてくれた──。





賢人との思い出を回想し、"もしも"を考えた。
もしも、あの家老が、賢人だったなら──。

そういえば、と記憶を思い起こす。
以前、みなみさんに私の過去世の1つが、「男性の修道士」だと伝えられ、気になって借りた本がある。それは、恋愛スピリチュアルの本で、「奇跡の出会い」について書かれていた。
私はその時初めて、図書館にもスピリチュアル系の本が置いてあることを知って驚いたのだった。
その本には、「外見の"素敵♡"を感じるのは、過去世での好み。例えば背の高さ、脚の太さ、一重まぶたか二重かなどは、過去世で愛した人の面影を追うようになっている」と、外見に惹かれる理由が記されていた。

そこから考えると、確かに、私は、身体の大きな人が好きだという自覚があるし、好きな顔の系統も、賢人がドンピシャだ。理由は、問われても説明できないが。
なぜか惹かれる、それがしっくりくる。そして、賢人も、私のことを「一人しかいない顔」と言っていた。私は世間で言われるような女の子らしい、特別可愛い顔立ちではない。そんな私の顔を、特徴で見分けていたとしたら──? 

そして、また1つ、記憶の奥から蘇ってきたものがあった。中学生の時に見た夢だ。
3人の男性がお互い向かい合って立っていた。その中心には、私。そして、その男性陣にこう呼ばれた。「犬姫」と──。

その当時、とても明晰な夢だったため、気になって友達に話したが、分からないと言われた。自分でも、特別「犬」が好きな訳じゃなかったため、犬は関係ないのかと感じていた。しかし、この夢が強烈だったため、学生時代のSNSは、全て「犬姫」と名乗っていた。

久し振りに思い出し、「犬姫」と、検索をした。
すると、江戸時代前期、讃岐国高松藩の初代藩主・松平頼重の養女と出てきた。松平頼重は、水戸黄門で有名な、水戸藩2代藩主徳川光圀の兄らしい。
そして、その犬姫は、「肥後国熊本藩3代藩主・細川綱利の妻」となった。綱利は、当時衰退していた相撲道を後援したり、水前寺成趣園を拡大整備したりしたようだ。また、元禄赤穂事件後に大石良雄ら赤穂義士を預かり歓待したり、武芸者を多数召し抱えたりしたことで、藩財政を悪化させ莫大な債務を残した、とあった。
この記録から、まさに、綱利が、他方にいい顔をしている様子が見て取れた。

──なぜか、パズルのピースが合わさる。面白すぎる。スピリチュアルって、もっとふわふわしたモノだと思っていたが、あまりに系統立てられ、計算されつくしていることに驚愕した。私の中の好奇心が、むくむくと湧き上がってきた。


どうしても、どうしても会いたかった人。どうしても、どうしても、一緒になりたかった人。


それが、賢人──。

2人共が、お互いに出会いたかったから、こうして今世、結び合えたのか──。

「約束、してたのかな──。」

子どもたちがいう、天国とよばれる温かな園で、出会う約束をして、地上に降りたイメージをした。
本当か嘘か、なんて誰にも証明できない。
けれど、私が感じている、この胸の温もりは、確かだ。

だから、大切にしよう──。


私は、胸に手を当てた。








大輝のことは──。
このギリシャの領主だとしたら?

私のこと、「恋しい」って言ったのは、私のことを魂が覚えていたの──?
過去世で、私がずっと避けていたから──?
だから、17年ぶりに会って、急に私のことを抱きしめたの──?


大輝のことを考えると、どこにも持っていきようのない想いが渦巻く。
江戸時代に、叶わぬ恋をしていた相手と結ばれたのに、また悲恋を愛し、繰り返している、なんてね──。

私は大の恋愛漫画好きだが、特に好きな漫画は、二人がだんだんと心が通じて、自然に惹かれ合い、想い合うようになるという流れ。「付き合う」場面が早く出てくる展開の漫画だと、興冷めする。
いつも、「この、もどかしい感じが好きなのに。もっと続けばいいのに」と思っていた。

これが、魂の傾向──?
私にいったい、何を伝えようとしているの──?








数日後、突然、スマホの画面に、大輝のアイコンが表示された。大輝からのメッセージだった。
ここ最近、音沙汰がなく、凪のように静まろうとしていた私の胸が、脈を得たように、ドクンと波打つ。

怖い──、また惹き込まれてしまうかもしれない。でも、見たい。

私は恐る恐るメッセージを開いた。

すると、「雑誌に載ったよ」という短文と、1枚の雑誌の写真が添えられていた。

どういう意味なのか、正直わからなかった。
ただの報告か、見て欲しいということなのか──。
でも、文にエネルギーが乗っていない気がする。きっと、"報告"だな、と少し肩を落とす。URLも添付されていないし、すぐ読んで貰おう、絶対読んで貰おう、という気持ちではないと察した。
同時に、安堵感も湧いてきた。もしかしたら、また、普通の「友達」に戻れるかもしれない──。


私は、「おめでとう!」とメッセージを送った。
そして、その雑誌をネットで注文した。

彼が、どんな作品を描いたのか見たい。
彼の感性を感じたい。その一心であった。


数日後、雑誌が届き、ページをめくる。
そこには──大輝の世界観が現れていた。

一緒に見た、地元の海も描かれていた。

それを見た瞬間、想いが込み上げてきた。


この1年の間──。
ずっとずっと、貴方を想っていた。貴方に再会してから、自分の感情が揺さぶられて、自分のことが嫌いになっていったよ……。

だから、"この人は悪い人だ、嫌いになろう"と、自分から思い込んで、何度も心で離れようとした。だけど、無理だった──。
どうしても、どうしても、惹かれてしまった。

だけど、振り返ると、実際は「悪い人」なんて、そんなことなかった。そもそも、そんな風には思えなかった。
私の──自分を感じる感度が、幅が、広がっていっただけだったんだ。
自分の嫌なところ、ネガティブ面を見せてくれた。それ以上に、心の躍動を感じさせてくれた。
やっぱり、「世界の解像度」を上げてくれた人だ。

もう、多分会えても1回か2回か。もしくは会えないと思う。そんな気がする。

貴方のおかげで、子どもの頃好きだったお絵描きを、またはじめることができたよ。

貴方が、「葵なら出来るよ。」って背中を押してくれたから。
貴方みたいに、自分の中にあるものを、表現してみたかったんだ。


ありがとう。
大好き──。


目の前に、温かな雨が降る、穏やかな海が広がった──。



第6話 出産
https://note.com/haru_s2/n/nc8d8b6ec9ec5?sub_rt=share_b


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