あの山の7合目までいきましょう
「よし、男体山に登ろう」
体力なし、登山経験ほぼなし、山の装備もそんなになし。
そんな三拍子の揃った私が思い立ったのは、2021年、去年の夏のことです。
男体山(なんたいさん)、栃木は日光に位置する山で、標高は2,486mほど。
富士山が3,776mなので、それよりも1,000mちょっと低い山です。
山としては、そこそこ初心者向けだとカウントされるようです。
万年体育の成績はCだった
跳び箱は一段も飛べず、50m走れば9秒台後半、高校の時の長距離走は膝のねん挫で免れ、側転で着地に失敗して鎖骨を骨折。
私の体育歴、振り返ればネタだらけ。
別に登山と体育がかなり結びついているわけではないと思うけれど、
「体を動かす」=「体育」全般に苦手意識を持っていたのでした。
片道4、5時間かかるらしい、男体山。
何時間もひたすら上り坂が続くなんて、果たして私はサバイブできるのか?!という不安がもくもく膨らみます。
山の装備ばかりいっぱしに揃えちゃって迎えた当日、
空を突き抜けそうな晴天が男体山の後ろで待っていました。
首がちょっと痛くなるくらい頂上は遠く、想像以上の急こう配。
あの時なんで男体山登ろうなんて、思っちゃったのでしょうか。
上には上がある、今を歩く、そして時々振り返る
二合目、三合目……
登っても登ってもまだまだ道のりは遠く、
後から来た人に追い越されたり、もう下山していく人と出会ったり。
「私のペースって遅い?」
そんな焦りに任せて自分の足もペースアップします。
けれどその後待っていたのは、さっきよりもどっと疲れて息の上がった私。「周りとペースを合わせないと、誰かに迷惑をかけるかも」という同調圧力は、どうやら男体山にまで私を追いかけてきたみたいでした。
どんなにゆっくりだって、自分のペースを守り、着実に歩を進めること。
登山で大切なのは体力だけではなく、そういった精神のバランスも保つこと。4合目あたりになって、やっとそのことを体で理解できた気がします。
山を登ること、それは自分と向き合うことでもありました。
100均のレインコートで駆け降りる
そして実は、、、
私のゴールは7合目となりました。すでにこの時点で昼の12時。
やはり体力が足りなかったのか、、、
頂上を目指すのが、時間的に厳しくなってしまったのです。
岩肌が目立ち始めた斜面、ということはつまり頂上まであともう少し。
ここまで来たのに…!
ですが、この決断がのちの私を救うことになるのです。
7合目の頂でお昼ごはんを食べ終え、とぼとぼと下山を開始して、4合目あたりの出来事。
雲一つなかった空はいつの間にか、低い雲で覆われていました。
なんとなく、私の中の動物的勘がヒリヒリと…この先待ち受けていることに気が付いてしまったような…
と思ったのもつかの間、あたりは一瞬で真っ白に。
霧かと思ったけれど、いや違う、大粒の雨が山を囲んでいました。
雷も鳴り始め、そこそこ歩きやすかった登山道は、今や上からの大雨で濁流に。
「ああ、きっと日頃の行いのせいですね…」などと反省する暇もなく、24年生きてきて初めて、命の危機みたいな言葉が頭をかすめます。
リュックから急いで取り出したのは、100均のレインコート。
もうなりふりなんて、構っていられません。
野生動物も真っ青くらいのスピードで、100均レインコートを着た24歳は語彙力も虚しく、「やばい」を連呼しながら駆け降りていきました。
あのときほど、やばいという言葉の汎用性に感謝したことはありません。
恐怖、不安、焦り、親の顔、友達のこと、軽装で上がっていったあの登山者のこと、7合目で降りてきてよかったという安堵。
ちょっと大げさかもしれないけれど、そんなことが頭の中をよぎります。
それと同時に「男体山に自分は試されているのかな」という思考も出てきました。山岳信仰のある山だったから、そう思ったのかもしれません。
どんな状況であっても絶対に焦ってはいけない、冷静でいれば必ず道が見えてくる。大雨で雷鳴轟く中、不思議なことに私の心は徐々に冷静さを取り戻していきました。
ある意味、焦りが死に直結するという可能性が、今までの人生で一番高まったがために、生存本能が刺激されたのかも。と、それっぽいことを今は考察しています。
「焦りは禁物」なんて言葉だけでは、到底自分の体には染み込んでいなくて、こうやって直に経験しないと身につかないこともあるのだと、改めて痛感しました。
気づけば1合目の登山口が見えてきました。
自分にまだ足がついているか確認したところ、泥だらけの足元が見えたので、どうやらまだこの世にはいられるようです。
私にはまだまだやりたいことも、会いたい人も、食べたい料理もたくさんあります。そんな自分の人生に、改めて渇を入れてもらったようなそんな経験でした。
翌日以降筋肉痛で寝たきりになるなんて、この時はつゆ知らず。
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