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追憶の果て~Sacco di Roma(ローマ劫掠)編~①

【主な登場人物】
セバスティアーノ・ルチアーニ(43歳)……ベネチア出身の画家で4年前修道士になった。人当たりが良く優しい性格で、パトロンの教皇からも慕われている。
小柄な丸顔で美男ではない。板絵やキャンパスに描く肖像画が得意で、フレスコ画など創作を伴う大きな仕事は苦手。故ラファエロ・サンツィオのライバル。
ミケランジェロを崇拝し、慕っている。
のちのセバスティアーノ・デル・ピオンボ。

ベンヴェヌート・チェッリーニ(26歳)……フィレンツェ出身の金細工師、彫刻家。職人として腕も良く、同郷なので教皇からも気に入られていて、Sacco di Romaサッコ・ディ・ローマの際は砲兵として活躍。しかし荒っぽい性格で、傷害沙汰で郷里フィレンツェを追われている。
ミケランジェロの崇拝者。
大柄の筋肉質だが、意外にも笛の演奏の教育を幼少期に父親から受け、お手の物。
好色でバイセクシャルでもある。

ジョバンニ(20歳)……セバスティアーノの弟子で修道士。

ルカ(10歳)……セバスティアーノの弟子。セバスティアーノと絵の板を取引していた大工の父が亡くなってしまい、生活のため下働きしている。

シャルル・ド・ブルボン(37歳)……神聖ローマ帝国の皇帝軍を率いる総司令官。フランス国王とは従兄弟だが、反逆し皇帝側に付いた。

クレメンス7世(49歳)……フィレンツェのメディチ家出身のローマ教皇。

(注)M…モノローグ N…ナレーション T…テロップ


【本編】

T    1527年 4月下旬  フィレンツェ共和国アレッツォ近郊
雨の中、街道を歩く数人の騎兵とたくさんの歩兵たちのシルエット。歩兵は皆うつむき加減。騎兵は兜、鎧を身に着けている。歩兵はドイツの傭兵ランツクネヒト

泥濘ぬかるみ沼に足を取られ、列の後部でバシャッと転ぶ若い傭兵。

髭を生やし、長髪で大柄な中年の傭兵が駆け寄る。
傭兵1 「大丈夫か?」

傭兵2 「…もう歩けねえ」
傭兵1 「しっかりしろ!」(傭兵2を肩組みしながら)

様子を見ている他の傭兵たちが、歩きながらひそひそ話す。
傭兵3 「俺たちどうなるんだよ⁉こんな劣悪な状況だから、この前隊長までブッ倒れちまったんだぞっ!」
傭兵4 「…残してきた女房、子どもはどうしてるかな…」

傭兵2 「腹減った…」
傭兵1 「……」(ぐったりした傭兵2を抱え、雨に打たれながら歯を食いしばり歩く様)

〇夜  野営している皇帝軍の陣営 
たくさんのテントや松明、繋がれた馬たちの姿。
T    神聖ローマ帝国 皇帝軍の陣営。
たくさんのテントや松明、繋がれた馬たちの姿。

怒り心頭に、総司令官のテントに押し寄せている何人もの傭兵。
驚きながら側で見守る鎧姿の兵士たち。

〇テントの中。
座るブルボンに向かって、怒鳴る傭兵1。後方に連なる傭兵たちがいる。
ブルボンの傍に神妙な面持ちの中年の側近。
皆帽子は脱いでいる。
傭兵1 「総司令官殿、今日こそ説明してもらおうか!」(激怒の表情)
「俺たちはフィレンツェに攻め込むんじゃなかったのか!?」

ビクつきながら話すブルボン。頬に汗。
T   シャルル・ド・ブルボン元帥
ブルボン 「フィ、フィレンツェは防御が固くて…それにベネチアやウルビーノの援軍も、すでに入ってるから勝ち目が…」

傭兵1 「なら終わりか!撤退か!金は!?給金はいつ貰える!?俺たちは何日も食い物もロクに貰ってない状態なんだぞ!!」(唾を飛ばし、ブルボンに食いつくように前のめり)
ブルボンM 「ひっ…!」(片手で顔を遮り、顔を背ける)

怒ってブルボンを睨みつけるたくさんの傭兵。

側近   「……」(蒼い顔)

ブルボン 「だ、だから…」(震えるブルボンの膝に置かれた手)

ブルボン 「ロ、ローマだ!!」(いきなり立ち上がる。頬に汗)


驚いて顔を上げる傭兵たち。

ブルボン 「お前たちに給金が賄えないのも、すべてローマが、皇帝や私たちから金を巻き上げているからだ!」
      「税、贖宥状、布施。何もかもそうだ!」
たくさんの金貨や宝石を前にほくそ笑む商人や、娼婦に囲まれ現を抜かしてる聖職者や貴族のイメージ。

反シルエット(恐怖と怒りの様子)で叫ぶ様のブルボン。
ブルボン 「今まで私たちが苦しい思いをしてきたのも、すべてローマ教皇や、側近どものせいだ!あいつらは…その巻き上げた金で遊びほうけ、贅沢をしつくしている!」

ブルボン 「今ならローマの防衛も薄い。一刻も早く進攻して」
「悪しきローマを叩きのめせ!!」

メラメラと激怒の表情を浮かべる傭兵たち。
傭兵たちM  「———今も教皇やローマの坊主たちは、俺たちの金で私腹を肥やし、遊びほうけてるのか……!」
       「許さねえ!俺たちはこれまでどれだけ辛い目にあってきたと思ってんだ!?」
        「さんざん戦に駆り出され、今だって給金も食い物すら貰っちゃいねえんだ!」

N ――この頃イタリアを巡り、フランス王国と神聖ローマ帝国による衝突が繰り返され――
16世紀初頭のヨーロッパ地図。

――教皇クレメンス7世は悩んだ挙句、フランス側に付く。
クレメンス7世の肖像画②

(時間経過)
テントの中は2人のみ。
N ――これに対し、神聖ローマ帝国の皇帝カール5世は、スペイン兵やドイツの傭兵ランツクネヒトから成る軍をイタリアに侵攻させる。
ぐったりと肩を落として座るブルボン。

焦る様子でブルボンに話す側近。
側近   「閣下。正気ですか!?教皇様からの休戦協定に合意を示されたばかりじゃないですか」

側近   「ローマ侵攻など、失敗したらおしまいですぞ」
ブルボン 「わかっておる!」(うつむきながら怒鳴る)

ブルボン 「なら他にどうすれば!なんと言えば良かった⁉あの荒くれどもを抑えるのに」(震えながら側近を睨みつけるアップ。顔にたくさんの汗)

ブルボン 「あ、あいつらは!暴動を起こした時、私の部下まで殺したんだぞ!」
鎧を付けた兵士に殴り掛かるたくさんの傭兵のイメージ。
剣と流血のイメージ。

側近   「……」(額に汗)

ブルボン 「もともと私が率いていたのはスペイン兵だけだ。何であんな奴らまで!!」
    「あいつらを率いていたのはゲオルク隊長だろ!何で卒中になったりしたっ!?」

側近   「落ち着いてください!あなた様はこの皇帝軍全てを率いる総司令官なのです」

ブルボン  「…休戦協定だなんてふざけやがって!あんな端金はしたがねなど、あいつらの給金にもならんわ!!」

側近    「…もうすぐコロンナ家の軍も合流してくれるはず…。賭けるしかありません」


〇夕暮れのローマの街並み
T    5月5日 ローマ

〇セバスティアーノの工房
座りながらイーゼルに立てかけられた肖像画を描く修道士姿のセバスティアーノと、傍で絵の具のパレットを持ちながら立つジョバンニ。
離れたテーブルの上には肖像画用の板が積み重なり、大皿(顔料用)もたくさん置かれている。床で皿や筆を洗うルカ。当時の庶民の平服。チェニックにタイツのようなズボン。

筆をジョバンニに渡すセバスティアーノの手

顔の汗をぬぐいながら言うセバスティアーノ。
セバスティアーノ 「…ようやくできた。こんな時に肖像画を急いでくれ、とはな」

セバスティアーノ 「もういいぞ、ルカ。遅くまでありがとう」
ルカ  「はい!」

(時間経過)
〇居間での食事風景。
木の椅子、テーブル。セバスティアーノとジョバンニが向かい合って座り、ルカはジョバンニの隣。各自皿の上にパンと、スープ、飲み物用のコップがある。照明はテーブルに置かれたランプ。

セバスティアーノ 「明日あの絵を納めにコロンナ邸に行かないと」(ワインのコップを持ちながら)

ジョバンニ     「コロンナ邸ですか?」(パンを食べながら)
セバスティアーノ 「家族と財産共々避難しているそうだ。絵も必ずそちらに届けるように、だと」(苦笑)

ジョバンニ     「避難?皇帝軍とは、休戦になったんじゃないんですか?」
セバスティアーノ 「上の人たちのやってることは、よくわからん。ただコロンナ邸には、マントヴァの侯爵夫人もおられるらしいから、皇帝軍も遠慮するだろ」

マントヴァ侯妃の肖像画のイメージ⑤。

ジョヴァンニ  「へえ。なら侯爵夫人から肖像画の依頼が来るかもしれませんね!」(興奮して前のめり)
セバスティアーノ 「どうかな。そりゃ一国の侯妃から来たらうれしいけど…」(苦笑)

ジョバンニ  「絵を仕上げたお礼に、先生もコロンナ邸に匿ってもらえたら、可能性も高まりますよ」ハハ…
セバスティアーノ 「遠慮しとくよ。教皇様と敵対してる一族コロンナ家側に付いたと思われたら、教皇様に申し訳ない」

ルカの手前食べ終わったスープ皿と、口を付けていないパン。
ジョバンニ  「ルカ。パン食べないのか?」
ルカ    「う…うん。あの…」

恥ずかしそうに下を向くルカ。
ルカ       「…明日帰るから、姉さんや弟にあげようかと…」
ルカを見るセバスティアーノ。

セバスティアーノ 「…ルカ。パンならたくさん持たせてあげるから。お食べ」
ルカ  「え…?」(セバスティアーノの方を向き)

セバスティアーノ 「遅くまで手伝ってくれたお礼だよ」

ルカ  「あ、ありがとうございます」(紅潮)
ジョバンニM  「…偉いよな、先生は」
   
嬉しそうに、パンにかぶりつくルカ。

微笑むセバスティアーノとジョバンニ。
ジョバンニM  「普通これ位の年の子を弟子にするなら、教育費を貰ってもいいくらいなのに」
       「絵の板の取引先で親しくしてた大工のお父さんが亡くなったあと、引き取って、給金まで渡しているんだから」

セバスティアーノ 「…明日絵を届けたあと、ルカの家に寄って、みんなで避難しようか」
紅潮して微笑むルカ。

セバスティアーノ 「念のためだ。まあ、明日お前のお母さんともゆっくり話をして…」(あくびをしながら)

〇ローマ郊外。たくさんの皇帝軍たちのシルエット(イメージ)

〇早朝
セバスティアーノの家の前の路上。
小雨が降る中、路上を慌ただしく走る人々やガラガラ音を立てる荷馬車。

〇セバスティアーノの部屋
ベッドで薄目を開けるセバスティアーノ。
セバスティアーノM 「…なんだ、こんな早くから。騒がしいな」

扉(木の造り)をドンドンと激しく叩く手。
マルコ 「セバスティアーノ!修道士フラ・セバスティアーノ!!」

眠そうに眼をこすりながら、寝間着姿で扉を開けるセバスティアーノ。
セバスティアーノ  「どうしたんだ、フラ・マルコ。こんな朝早く…」
マルコ   「た、大変だ!」

40代の修道士。アップ。
マルコ   「皇帝軍が押し寄せてきた!!」

セバスティアーノ  「…!!こんな急に!?衛兵たちはどうしたんだ!?」
マルコ   「みんな殺されたか、逃げちまったよ!」(セバスティアーノの両腕にしがみつき)

マルコ   「あ、あいつら、教会や民家にまで押し入って…暴れまわって」
     「手当たり次第、銃を撃ちまくり、剣をふるい…!」(震えながら蒼白。汗だくの顔)
セバスティアーノ  「……!」(アップ。蒼白で頬に汗)
遠くでワーワー叫ぶ兵士たちの声と、ギャアアア、キャアアアという悲鳴が入り混じっている。

〇侵攻する皇帝軍たちの様
城壁をロープで次々とよじ登る兵士たち。

剣を振りかざし叫ぶ騎兵
騎兵 「総司令官殿が撃たれた!仇を取れ!!」

憎悪の表情の傭兵たち(イメージ)
傭兵達M (———何もかも、このローマの奴らのせいだ。俺達が苦しんできたのも、総司令官が死んだのも、隊長が倒れたのも)
傭兵達M (———破壊しつくし、何もかも奪ってやる。俺達にはそれをする権利がある!!)

発砲されるたくさんの火縄銃と、ギャアアアという悲鳴。

〇デッラ・ヴァーレ邸宅の入口
T    デッラ・ヴァーレ邸
次々に入り込む身なりの良い家族。
最後に顔立ちの良い少年が、叫び声が聞こえる後方を振り返る。恐怖で顔が引きつっている様。
少年 「……」

セリフのみ 「トマオ!早く来るんだ!」
少年    「は、はい!」(慌てて駆け込む)

バタンと閉まる扉。
N  ―――貴族や上流市民の中には、要塞のように防衛した宅に匿ってもらえる者もいたが

N ―――大半の庶民は逃げるすべがなく、自分たちが戦乱に巻き込まれずに済むよう、祈るしかなかった。
子どもを抱きながら震える母親と、傍に寄りそう女の子(ルカの家族のイメージ)。

〇セバスティアーノの家
N  ——―あるいは…
蒼い顔で汗をかきながら部屋を突進するセバスティアーノ。 
(回想)マルコ  「早く逃げろ!殺されるぞ!!」

ジョバンニとルカのいる部屋に、息せき切って飛び込むセバスティアーノ。
セバスティアーノ 「ジョバンニ!ルカ!」
セバスティアーノの勢いに驚く修道士姿のジョバンニと、眠そうに眼をこする寝間着姿のルカ。

セバスティアーノ 「今すぐ聖天使サンタンジェロ城に避難だ!!」(アップ)


【注】

③免罪符のこと

⑤イザベラ・デステのこと

【主な参考文献】
イタリア史 Ⅸ (第18~20巻)  
著 F.グイッチャルディーニ  訳 川本英明   太陽出版
                
ローマ劫掠 1527年聖都の悲劇
著 アンドレ・シャステル  訳 越川倫明他  筑摩書房
                  

【服装参考】



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