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私と妻の秘密

我が家は週二回夫婦でリモートワークの日がある。

いつもは私が自分の部屋・妻がリビングで作業するのだが、
その日はなぜかWifiの調子が悪く二人ともリビングで仕事をしていた。

お昼時。

仕事をひと段落させた妻がテレビをつけた。
そこは今流行りの飲食店が特集されていた。
私も何気なくテレビを観る。


「あ…」
私は声が出そうになった。
しかし、堪えた。

「行った事がある。」と出そうになったが、
その相手が「妻」とではなかったことに気がついたからだ。


6年前。
合コンで出会った妻ではない「その子」に私が一目惚れし、告白して付き合った。最初のデートがその店だった。

優しくて、かわいらしくて元気な子だった。
一緒に入れて、幸せだった。
結婚したいね~なんて冗談で彼女は言ったりした。


それから二年。
私も転職し、彼女も転職した。
忙しくてすれ違った。

ある日、彼女の浮気が分かった。
SNSのDMが浮気相手から来た。
強烈に冷めていく自分がいた。

それから半年もせずに別れを切り出された。
結婚するイメージが湧かないと言われた。

電話であっさりと言われた。
10分も会話してなかったと思う。

「あの時間はなんだったんだろうな」
穴があいたような空虚感を抱きながら、フラれた日にその店で酒を飲んだ。


その彼女との最初のデートで行った店
フラれた日に行った店
今テレビでやっている店


全部同じだった。
6年ぶりに記憶がよみがえり、懐かしさを感じた。
「あの子、元気でやってんのかなぁ」とそんな事をふと思った。


「どうしたの?」
「え?」

妻に不意に聞かれた。
返答の仕方が分からない。
こういう元カノの話って正直に伝えるべきか、伝えるとまずいのか…
その刹那では、自分のなかで決断が出なかった。


困っていると妻が言った。

「わたしこのお店いったことあるよ」
「え?」


意外だった。私は続けた。


「誰と?」

妻はニコリと笑った。



「秘密」

と言った。
そうだ。私の知らない妻もいるんだ。

別に「秘密」でいいじゃないか。
そう思うと心が楽になった。


「俺もあるよ」
「え?まじ?」
「うん」
「誰と?」
「秘密」


やり返してみた。妻は不機嫌そうだった。


それからそのお店の特集は終わった。
二人とも仕事に戻った。

キーボードをたたく妻を見る。
さっきまで近く感じた妻との距離が少し遠く思えた。

けれども嫌な距離じゃない。
心地よい距離感に思える。

「今度いこうか。あそこ」
私はPCの画面から目をそらさずに妻に言った。

窓の外は澄んだ青い空が広がっていた。

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