オランダで終の住処を創る
2012年11月に、私はオランダのアムストゥルーフェンという日本人街で行われたワークショップを見学した。名付けるならば<終の住処>について考えるワークショップとでも言えるだろう。吉良森子さんというオランダ在住の建築家の方にご紹介いただいた。
オランダに定住している日本人の中にも高齢者世代が出てきて、それは国内全土に広がっている。高齢になると日本語を話したいとか日本食を食べたいというのが出てくるのだそうだ。このような課題に対して、前述のワークショップを見学した2012年から10年近くの間にどのような動きがあったのか、2021年秋にzoomで改めて吉良さんに取材させていただいた。
2012年当時のワークショップは、シルバーネットという会が主催していた。
しかし当時、吉良さんの印象は、「まだお客さん的な視点かな」という感じだったのだという。しかし、その後、シルバーネットは日本人コミュニティの情報交換する組織として育っていき、さらにそこから別に、ナルクという組織ができ、実行力のある方々が活発な動きをするようになったそうだ。
吉良さん自身も、2016年ぐらいから新しいプロジェクトで、組合と財団を組み合わせたような形のイニシアティブを持った人たちが自分たちで40個のアパートからなる集合住宅を計画するというプロジェクトの設計を依頼されることがあったという。今までの依頼は、アパートのユニットに対してそれぞれオーナー分割所有するというものだったそうだ。しかし吉良さんが2016年にてがけたプロジェクトは共同所有のまま、分割して自分が住んでいるアパートだけ売るということはできない形にしているところが新しかったという。なぜこれが重要かといえば、持続可能性を考えると、オーナーが共同であることはメリットあるシステムなのだという。
一方、2020年1月にナルクを立ち上げた女性と、もともと日本商工会議所の事務局長をされ定年退職された女性の方との2人が、吉良さんの事務所にいらしたのだそうだ。そこで改めて、「日本の高齢者のためにケアできる場所が必要だからつくりたい」と言われたとのことである。実際に2012年のときよりも日本人の高齢者の問題っていうのはリアリティが非常に強くなってきているということ、吉良さん自身も似たようなプロジェクトをやり始めていたこと、アムステルダム市のもそういう組合プロジェクトをサポートしようという動きが出始めていたので、やってみる価値があるという話になって話し合いが動き始めたのだそうだ。
ただ、実際にやるとしても日本人のためだけのものをつくるというのは絶対、人数が足りないと考えられ、さらにそれからアムステルダム市の協力を仰ぎにくい。そこで、日本人的なコミュニティのあり方に賛同してくれる人だったら入居者は誰でもいいという話にしていったそうだ。これはアムステルダム市の政策としてのマルチ・カルチャリティと合致性を狙ったものである。
課題も残る。アムステルダムの場合、難しい問題は、土地を取得するということだそうだ。土地が限られているので、プロのデベロッパーではない人らが入り込んでいくのは非常に難しいという。ただ、アムステルダムの場合は定期借地といって、土地の所有者のほとんどがアムステルダム市なのだそうだ。これは逆に言えば、アムステルダム市がそこで何が建つか、どのようなものがつくられるかということを決めることができる。つまり内容で市から審査されるということだ。そこで、日本人と共同でこのプロジェクトに加わってくれたオランダ人の方は、コミュニティ・カードゲームを使ってワークショップを進めることをしているそうだ。
オンライン取材からさらに日が経ち、吉良さんから良い報せがあった。フローニンゲン市に住民が共同所有する賃貸集合住宅ができ、そのオープニングが2022年4月にあったということだ。これは取材させていただいたプロジェクトの目指す方向に非常に近いものであるという。
もし土地が取得できなくてもコミュニティが残ればそれが素晴らしいことだ、と吉良さんが仰っていたのが印象的だった。きっかけはどうであれ、ワークショップのゴールは一つでなくてもいい。今後の展開に期待したい。