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感情と論理の狭間で

ここ数日、息子誕生の投稿が続いております。



今日はですね、久しぶりに読んだ本の紹介をしてみたいと思います。
どこに需要があるのかわからぬ状態ですが、こういったこともnoteに投稿したいなと思いますので、どうかお付き合いくださいませm(_ _)m






四連休が終わりを迎え、みなさんいかがお過ごしでしょうか。
この連休中、私は変わらずお仕事がありましたので、息子誕生も重なりましてバタバタしておりました。
思えば息子が産まれた20日だけは一日あいておりましたので、たすかりました。


今日も今日とて、今から消防の訓練に行かねばなので取り急ぎ投稿いたしますm(_ _)m







『ヒポクラテスの誓い』、『ヒポクラテスの憂鬱』

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【あらすじ】
浦和医大に勤める研修医の栂野真琴(つがのまこと)。
彼女は、単位取得のため法医学教室へ入ることになった。
その教室には、解剖医の権威・光崎藤次郎教授と、准教授のキャシーの二人がいた。

傍若無人な教授。
死体が大好き変わり者の准教授。
教授の頭脳、腕を頼りに、解剖案件を頻繁にもってくる埼玉県警の古手川刑事。
試用期間として法医学教室で働くことを認められた真琴。

そんな彼らの元に、今日も今日とて埼玉県警から解剖の要請が舞い込んでくる…

法医学が舞台です。
表面上、事故死にしか見えない案件を、解剖を通してそこに秘められた、または隠された真相を解きほぐしていきます。


・「生者と死者」
・「加害者と被害者」
・「監察医と法医学者」
・「母と娘」
・「背約と誓約」


上記それぞれ五つのパートに分かれ、それぞれで事件が起こり、最終的に一つに集約されていくという構成です。



それぞれの事件を通して、主人公である真琴が、傍若無人な教授に振り回され、キテレツなキャシーに翻弄されながらも、「解剖」を通して、死者と語らい成長していく様が非常に面白いです。
ミステリーですけど、そこまでミステリーに重きは置いてないでござる。



「解剖の是非」について。日本と他国とではそれに向かう意識は異なり、道徳的、倫理的観点から見ても大きな隔たりがあるようです。



作中で様々な出会い、死と直面し、真琴は葛藤します。
自分がこれまで持っていた価値観を根底から覆される出会いが数多く起きます。

死者よりも生者、解剖より治療。あの時にはそれが正論だと信じていた。だが、いざそれを剣持から聞かされると、全てが利己的な言い草にしか思えなくなった。

引用:『ヒポクラテスの誓い』p.139

自分の親友の解剖に、拒否反応を示す真琴とそれに対峙する教授。
感情と論理の間で揺れ動きます。

「なのに患者が自分の知り合いとなると、途端に感情が優先する。行動に矛盾がないか」

「知人か否かで態度を変える行為は、検査や治療に分け隔てすることに繋がる。それは医者の倫理以前の問題だ」

「光崎教授の言っていることは全部理屈じゃないですか。理屈だけで人間の全部を理解しろと言うんですか」
「そういうのを思考停止というのだ」

「感情を無視しろとは教授は言っていません。論理に優先させるなと言っているのです」

引用:『ヒポクラテスの誓い』p.170

厳しくもどこか愛を感じる教授や、出会い、別れを通して真琴はだんだんと成長していく。

生きている患者を担当していた時には見えなかったものが、死者と語らうようになってからはぼんやりとだが見え始めてきた。
それはきっと死者が寡黙なせいだろうと思う。どれだけ問い掛けても死者はなかなか喋ってくれようとしない。どうしたら答えてくれるのかと自問し続けると、己に欠けているもの、相手の求めているものがゆっくりと浮かんでくる。

引用:『ヒポクラテスの誓い』p.250

今回は『ヒポクラテスの誓い』にしぼって紹介しましたが、続編にあたる『ヒポクラテスの憂鬱』も読了しました。

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二作続けて最強に面白かったです。



作者の中山七里さんは、お名前は知っていたんですが、読む機会がなく、この度やっと手に取り、読んでみたんですが、抜群に面白いです。
他の作品も読んでみようと思い、作者さんについて検索してみると驚きました。



この方、岐阜県出身なんですね。
同郷ということで、ちょっと嬉しい。







ドラマもあるそうですが、それよりも、さらに続編にあたる『ヒポクラテスの試練』を読んでみようと思います。

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