田中角栄入門に最適。「天才」(石原慎太郎:著)を読む。
これは田中角栄本人が書いた文章ではないのか?
と錯覚してしまい、引き込まれてしまった。
表紙の写真も面白い。あの薄い髭は、こうして、大きなはさみで整えられていたのか。
一人称で綴られる文章は、田中角栄が自身の生涯についてのリアルな心情を、あの「まぁ~、そのぉ~」という独特の声質で淡々と述べているように錯覚する。
そして著者は、田中角栄の金権政治を批判した石原慎太郎である。
出版されたとき、かなり話題になった本だが、その時読むことは無かった。でも、かなり時間が経つが、ふと思い立って読んでみたくなった。
政治家に関する書籍は、ほとんど読んだことが無い。私にとっては、内容が結構複雑で難しいからなのだが、この本は一気に読んでしまった。
一人称形式で綴られるが、政治という特殊な世界のなかで絡み合い、引き合い、切られる糸のような世界はもちろん、結構プライベートなことにまで踏み込んだ内容が出てくることに驚く。
田中角栄のことを知るには、まず最初に読んだ方が良いと思う。
田中角栄に関する印象は、とにかく金ですべてを動かしていて、ついにはロッキード事件で史上初、総理大臣経験者として逮捕されてしまうという結果になってしまった。つまり、良くない政治家である、というものだった。彼が総理大臣になっていた頃は、まだ子供であったので、お茶の間に飛び込んでくる話題は、悪いニュースばかりであったためである。
でも、その後、いろいろ彼に関する情報が入ってくるようになると、それまで触れることができなかった一面にも触れるようになる。例えば
「君の名前はなんだっけな?」
「●●(苗字)です。」
「いや、それはわかっとるんだよ。だから下の名前を聞いたんだよ。」
このエピソードには唸らせられる。田中角栄は会った人の名前をフルネームで覚えていたという。自分の名前を憶えていてくれて、呼びかけてくれたら、グッと引きこまれてしまうだろう。
人の名前を、失礼ながらすぐ忘れてしまう私。早速、お知恵を拝借させていただいている。
人が好きだった。人たらしだった。それが人を虜にした。人望も金もチャンスも、こういうところに自然と集まってくるのだろう。
高等小学校卒で、土方仕事も経験していた総理大臣。太平洋側に比べれば開発がまだ進んでいなかった地方出身。いろいろな人の苦労も判っていた。
この本でもいろいろなエピソードが綴られるが、田中角栄は映画、それも外国映画が好きだったというのは興味深い。彼のイメージとは程遠い気がするのだ。若い時はもちろん、忙しい公務の間もお忍びで出かけた。
徴兵の身体検査時に財布の中に入れていた女性の写真を指摘される。
「こんな女を将来女房にしたいと思っていました」
と答えた途端いきなり殴り倒された。
その女性とは「オーケストラの少女」の主演ディアナ・ダービンの写真だったという。
「オーケストラの少女」をリバイバル上演で劇場で見たことがある。ストコフスキーという当時のスター指揮者が実際に登場。その指揮で主演のディアナ・ダービンが歌うモーツァルト「アレルヤ」、そしてヴェルディ「乾杯の歌」はとても愛らしく印象的だった。
この映画は、日本のクラシック音楽家にも大きな影響を与えたと聞いたことがある。
それから、2本紹介されるのだが、これは田中角栄が歩んだ人生とストーリーが重ねあうような形で紹介される。
「心の旅路」
「裏街」
いずれもまだ見たことが無いので、見てみようと思う。
今では見ることができない人間性。ある意味、とてもとても人間臭い「天才」は、逆に、今の時代には、何かしら魅力に感じることもある。
戦後、短期間で近代化、そして世界でも上から数えたほうが早いという豊かさになった日本。最前線でその旗振り役をしていたのは違いない。