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3Mから学ぶイノベーションの仕組み

古巣である3Mのイノベーションを促進する仕組みについて、内側からの視点も踏まえて良いところと、改善点を述べています。


こんにちは、がぱけん(@gapaken335)です。
このアカウントは私が仕事や書籍、日々の気づきを通して考察したものを共有するものです。少しでもみなさまのインプットや気づきになると嬉しく思います。

それでは早速本題に入りましょう。


この記事の要旨。

今回は私の前職の知見シリーズです。3Mのイノベーションを起こすための仕組みとして有名な不文律であり、Googleも取り入れている「15%カルチャー」について述べています。

私が内部の人間として、実際に触れてみて感じた見解「間違いなくイノベーションにはプラスとなり、奨励されるべき文化である一方で、落とし穴も存在する」ということについて具体的にお伝えしたいと思います。


この記事で学べることはなんだろう。

以下の内容を学べるように構成しています。

 ・3Mの基本情報と特徴
 ・15%カルチャーの内容
 ・期待できる効果
 ・運用時のリスク


3Mという企業について

あまり詳しく知らない方も多いと思うので、まずは企業概要から紹介しましょう。

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3Mはアメリカのミネソタに本社を置く米国企業であり、連結売上高320億ドルを超え、従業員を9万6千人抱える巨大企業です。業種としては基本的には化学・素材メーカーに分類されます。ちなみに成長こそ鈍化していますが、配当利回り3.7%と高配当なので株式市場では長期ホルダーには人気の銘柄らしいです。

みなさんに馴染み深いのは「ポストイット」「スコッチテープ」などの製品なので、BtoCメインのメーカーと思われがちですが、実は工業用テープや車用部品、液晶用輝度上昇フィルムなどのBtoB分野の方が売上比率は高く、約70%をBtoBで売上げています。


3Mは営業利益率が異常に高い。

3Mのデータを見たときに、特徴を端的に表しているのが「営業利益率」です。

FY2019の営業利益率は19%で、少し遡るとFY2017には営業利益率24%を達成しています。さらに地域によっては貢献利益率が30%を超えることもありました。

この数値ははっきり言って異常です。

試しに競合企業の直近の利益率を見比べてみると、テープなど多くの分野で競合する日東電工は約9.4%、粘着剤の日本メーカーリンテックは6.4%、化学・素材メーカーであるJSRは7%であり、その差は歴然です。

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この事実は、言い換えれば付加価値(≒単価)の高い商品を作って売っているということに他なりません。

BtoBメインの素材メーカーが付加価値を高めるのに最も重要なファクターは研究開発。つまり「他では作れない高機能な素材を創り出し、他社より高く売る」ということが真髄です。そして3Mにはそう言った独自技術が存在するのはもちろん、中でもロジカルな条件検討だけではたどり着けないようなアイディアをテコにしたものが多いのが特徴です。

一つ例をあげましょう。
3MにはTrizact(トライザクト)という技術が存在します。これは研磨剤、つまり紙やすり製品なのですが、従来の製品とは形・製法からして全く異なる、非常にイノベーティブな製品です。

「紙に石を接着剤でとめる」というのが研磨剤の基本ですが、石は非常に小さいものもあり、削ったそばからカスが詰まり、削れなくなるのがお決まりでした。そこに対して、「樹脂に石を練り込み、紙上に微細整形する」という構造にすることで寿命などの性能を格段に伸ばしました。

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寿命の向上は、「道具の取り替えの時間が短縮される」「使う量が減る」などの明らかなユーザーメリット、つまり付加価値を提供し、高値でものを売ることを実現します。

「独自に創り出した技術を、顧客の価値に変換して、高値で売る」というのが3Mの基本戦略なのです。他にも技術の横展開により、R&DのRoIが高いことや、ブランド戦略に優れていることなども高利益に貢献していると思いますが、付加価値の根幹はイノベーションにあると私は思います。


イノベーションに必要なもの。

「独自に創り出した技術を、顧客の価値に変換して、高値で売る」これが基本だということはわかりました。

しかし、これを実現するためには、9万人を超える企業が継続的にイノベーションを起こし続ける必要があり、それが非常に困難であることは火を見るよりも明らかです。

だからこそ、「仕組み」を整えるのが最も重要なのです。

そしてイノベーションを推進する仕組みの一つとして機能するのが「15%カルチャー」です。


15%カルチャーとは。

15%カルチャーについて簡単に述べると自由研究の推奨文化と言ったところでしょうか。

不文律なので、明確な文章として規定されていないのですが、概ねその内容は以下のようなものです。

会社の利益に繋がることであれば、自らの業務時間の15%を自分の好きな研究に使ってもよい。また、そのためであれば、会社の設備の使用も許す。
そして、その研究について上司が口を出しすことはあってはならない。

私はこの不文律の根幹は寛容さにあると理解しています。
「あの作業を優先しろ」「その実験は後回しでいい」そう言った指摘の排除。言い換えれば、どんなことをやっていても咎められない環境が15%カルチャーの提供するものなのです。

では、その環境は具体的にどんなメリットを生み出すのでしょうか。

以下の三点が挙げられます。

 ①トライアル回数の増加
 ②モチベーションの向上
 ③行動、及び思考様式の変革


①トライアル回数の増加

研究者や技術者という生き物は、往々にして好奇心で動いています。

「あの技術をあの製品に組み合わせたらどうだろうか」「あの製品は実はあの用途にも使えるのではないか」「この前失敗した実験の挙動が気になるから少し追ってみたい」など、やりたいことが積もるものです。

しかし、現実はほとんどの技術者が、会社として優先度の高い実験やトラブル対応、顧客対応などに追われ、やりたいことに手を付けられないことがほとんどでしょう。

こう言った「ちょっとやってみたい」と言う小さなアイディアをトライする機会を15%カルチャーは提供します

人は咎められない環境だと、チャレンジをします。

チャレンジには、失敗もありますが、言うまでもなく、成功をするためにはチャレンジすることが必要なのです。

②モチベーションの向上

会社勤務における、ありがちなデモチベーション要因の一つは業務内容の期待値とのギャップが挙げられます。「新製品開発に携われると思ったが、小規模な品質改良しかできていない」と言った呟きは様々なところでこぼれてきます。

しかし、15%カルチャーの中では、やりたい仕事を自ら生み出すチャンスが与えられます。もし自分に仕事がふられていなくても、時には部署を飛び越えて、やりたいプロジェクトにトライすることができる。これはモチベーションに大きく影響します。

③行動、及び思考様式の変革

このカルチャーの中では、ある意味「15%の余白を与えられている」ととることもでき、そして人は余白を埋める性質があります。

つまり、頭の片隅に「15%で何かやろうかな」と言うマインドセットを刷り込むことができるのです。

アイディアはボーッとしているだけでは決して生まれません。「面白いことをやろう」と言うことを常に考えている人間ほど、ユニークで魅力的なアイディアを出すことができるものです。常に心に遊び心を持って、技術を知り、実験を行い、日々を過ごすことで、アイディアの数は増加します。

少し抽象的な話ではありますが、私個人としては、これが一番効果あるのではないかと思っています。「これ15%でやったら面白そうだな」と言うマインドセットこそが、イノベーションの礎なのです。


ワークさせるために重要な要素は?

すでに述べていますが、あくまでもこれは文化であり、不文律なので、強制力はありません。つまり形骸化するリスクが非常に高いのです。

これを3Mがうまくワークさせている理由はおそらく「適性人材の採用」と「教育」をしっかりと行っているからだと考えます。文化を作るのは、どこまで行っても人間なのです。

具体的には、採用時の要求などが挙げられます。経歴や実力ももちろんですが好奇心、行動力、積極性、誠実さなどの性格面も非常に重視しているようでした。その甲斐あってか、実際に社員は活発で優秀な人格者が多かったように思います。

そして実際に私が在籍していた時には、全ての技術者ではないにしろ、部署を跨いだ検討を行っている人や、独自の実験などを見かけることができましたし、私自身退職直前の自由研究として新しい調合にチャレンジしていたりしました。

とても伸び伸びと製品、技術に向き合えるよい環境です。

実際に15%カルチャーは十分機能していると言えるでしょう。


課題はあるのか?

ただし、この仕組みにも課題はあると考えます。

それは、協働を遠ざけ、技術・知見が属人化するインセンティブが働くことです。

15%カルチャーで行われる研究は基本的に非公式です。
そして非公式の研究は①知的財産権が曖昧になってしまう②「自分の研究」と言う意識が働く③そもそも報告の場がないという理由で他の社員に情報が開示されづらいのです。

その結果、15%で行われる活動は一人で検討され、情報が属人化して埋もれてしまうことが珍しくありません。事実、私が社員だった頃、先輩研究者の15%を使った実験について聞いても詳細を教えてくれず、モヤモヤしたこともありました。

これはあくまで個人的な見解ですが、2020年現在において、一人で大きなイノベーションを起こすことは不可能に近いのではないかと考えています。
科学技術が大変進化した世の中でさらに一歩前進するためには、有識者同士の協働と知見の共有が必須です。

したがって、協働を加速させるように15%カルチャーをリデザインするとさらに成長できる企業になるのではないでしょうか。


さらにバージョンアップするためには?

と、言うことで私見ながら、15%カルチャーの状況下で、協働を加速させる仕組みを考えてみました。

状況仮説は以下の通り。
課題
 ・情報が属人化してしまう
 ・協働が促進されない
原因
 ・案件の主権者の曖昧さ
 ・情報共有へのインセンティブの不足
 ・情報共有の場の不足 

これを、打ち破る施策としては「グローバルで知見を共有できるSNSを開設し、そこへの投稿をKPIとしてモニタリングする」と言うのも面白いかと思いました。

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ざっと説明すると以下の通りです。

①スレッドを立てることで15%活動を起案
 →「誰が発案者か」が明確になる
②カテゴリや技術でタグ付け、検索、コメント可能
 →グローバルで知見を共有し、協働を可能にする
③既存KPIである社内特許数と並列の扱いにして、定められた数字をどちらでも達成できるように
 →面倒な文書を書くよりもスレッド立ての方を促す&選択肢をあたえ、自由研究の強制はしない
④そこからビジネスにつながった場合はボーナス
 →本気の検討へのインセンティブ

私個人としては、グローバルにいる優秀な技術者のアイディアに触れ、気兼ねなく会話ができる世界はとても魅力的に感じます。

この案が最適だとは思っていませんが、こういった自由研究の協働を促進する仕組みが生まれると、さらに企業として成長するかもしれません。


結びとして。

結果として私は離職しましたし、少し苦言も呈しました。しかしながら、3Mはとても素晴らしい文化を持つ良い会社です。
特に会社の根幹に流れる「汝、アイディアを殺すなかれ」と言う金言は今でも私の考えを形成する大きな要素になっています。

そんなわけで、私はささやかながら、そんな3Mの今後の成長を祈っております。
(今度株買います。成熟企業なのもわかりますが、さらに成長すると嬉しいです。)

読んでいただきありがとうございました。
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https://twitter.com/gapaken335

関連書籍

15%カルチャーに限らず、3Mの企業文化や仕組みは非常に面白く、今回のお話は氷山の一角にすぎません。
どのような立場にいても参考になること請け合いですので、以下の書籍も参考にどうぞ。


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