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【創作小説】最後の一週間。#1

 三月の終わりに、ポチは天国へと旅立った。冷たい夜風の中、どうして僕らを置いて、出ていってしまうのか。包んでいた毛布には、まだ体温が残っている。
「ありがとうな、ありがとうな。」
ゆっくりと冷たく、そして固まっていくポチを囲んで、言葉をかける。つらかっただろう、最後の瞬間まで、ポチは僕ら家族をよく見ていてくれたのだろうか。最後の晩は、たまたま一家全員が揃う日だった。

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 一週間ほど前に症状は現れた。いつものようにボールで遊んでいると、ふらっと倒れるように、壁に寄りかかった。今まで転ぶことやつまづくことはあったとしても、急に倒れるようなことはなかった。その姿を見た母が病院に連れていくと、腎不全と診断された。正直、何を言っているのか分からなかった。いつものように散歩をしたり、遊んだり、ご飯を食べたり。誰かが帰ると玄関まで走ってくる。
「もって一週間…。そう言ってた。そこを乗り越えることができるかもしれないけど、可能性は低いし、その後もずっと病院に行かなくてはならないって。」
たどたどしく、母は話す。昨日まで、当たり前のように過ごしていたポチがいなくなるかもしれない。病院から帰る車で、ギュッとポチを抱きしめた。抵抗しない、世垂れかかったポチは確かに、弱々しく感じた。それでもいつものように温かいポチは、僕の心を落ち着かせてくれた。
(大丈夫、大丈夫。)
そう言い聞かせることしかできなかった。
 注射を打ったためか、病院から帰ったその日の夜には、大好きなご飯を口にすることができていた。以前ほどの勢いはないものの、用意した量をしっかりと食べた姿を見て、少し安心した。
「良かった、これで少しづつ元気になったら良いね。」
安心感から、そんな言葉を口にしていた。病院の先生は長くないと話していたが、目の前のポチを見て、信じることができなかった。きっと、信じたくなかったのだろう。
「明日、起きたら少し遊ぼうな。」
スヤスヤと眠るポチを撫でながら、明日の約束をした。普段はめんどくさいとか思いながら、投げていたボール。走って、持ってきて、また投げて。その繰り返し。こんなことにならなければ、自分から遊ぼうとしなかった自分に嫌気がさす。
(どうしても、あの姿が見たい。)
僕は安心したかったのだと思う。いつものように走る君を見たら、病気なんて吹っ飛ばせそうじゃないか、と。


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