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【創作小説】最後の一週間。#3

 病院から2日、3日と日が経ち、朝は寝ていることが多いものの、昼には起きてリビングをうろうろしていたりする。その姿は弱々しく、家族みんなポチから目を離すことができなかった。ご飯は相変わらずに、食べることができない。毎日のように、食べるものが変わっていく。
(長くないのだろうか…元気になるだろうか…)
 
 時間が止まってくれるわけではなく、大学生である僕もアルバイトに行かなくてはならなかった。たった4時間。レジでの接客中にも、少しの時間があると、どうしても考えてしまう。
「なんか、あったん?」
分かりやすく、考えているつもりはなかった。それでも、長い付き合いのある友人には隠し切れなかったらしい。
「うちの犬さ…死んじゃうかもしれない。」
言葉にすると、泣きそうになる。なんとなく、家ではみんながこの悲しみを知っているから、態度や直接的な言葉でなくとも、伝わるものがあった。でも、他の人に話す時には、言葉を整理して話す必要がある。自分の中に、実感として、悲しみが湧きたつ。目の前からいなくなって、抱きしめることも話すこともできなくなるかもしれないことを、やっと理解したのである。

 それからも、ポチの様子は良くならなかった。朝は寝て、昼に少し起きて、夜も寝ている。そんな日が続いた。特に夜中はひどく、鼻のアレルギーに、呼吸器官も弱く、息が辛そうだった。1時間に1度くらいは目を覚まし、その度に、母と僕が抱きしめていた。背中をさすり、鼻を高くしたり、換気をしたり…。やれることは何でもしようと、できる限りを尽くしたと思う。それでも、徐々に弱くなっていくポチを見て、「ああ、明日は君といられるかな。」そんなことを考えていた。

 病院に行ってから、5日目の夕方。ポチはむくっと起きた。その時は、家族みんなでご飯をたべる直前だった。ポチはリビングを歩いて回る。台所にいる母を見て、テーブルで食器を並べる父を見て、ソファでテレビを見る私と兄を見て回った。一人一人に撫でてもらいに来た。
「元気になったの…??」
僕もみんなも、すごく嬉しかった。泣きそうになりながら、ポチを撫でる。
「少しだけ、遊ぶ?」
走らせるのは怖いので、ポチがキャッチできるようにボールを投げた。上手くキャッチはできなかったが、ゆっくりと落ちたボールを追いかける。嬉しかった。本当に嬉しかった。この時間が続けばいいのに、僕は強く願った。
 ご飯を食べる時には、僕の足元に寝ていた。家族四人が囲むテーブルの下。みんなの足元を周り、その後に寝ていた。その日のポチの元気は、僕らに希望を見せてくれた。
(明日には、もっと遊べるようになるんじゃないか。)
そんな期待が僕の心を膨らませていた。


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