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明け方の虹が弧を描く、始まりの終わりの始まり 【ショートショート】

「橋の上にいたつもりだったのに、気がついたら宙を歩いてたんだ」

意を決して僕は彼女に言った。

「その橋だって宙に浮かんでいたのかもしれないよ」

驚きもせずに彼女は言った。

「橋脚の刺さる海底まで確かめたわけじゃないからね。でも、怖いじゃないか。僕は必死に橋を造ったよ」

僕は言った。

「知ってる、見てたから。あなたの造る橋が私は好き」

彼女は言った。

「ありがとう。美しくも楽しくもないのに見てくれて」

僕は答えた。

「見ていて楽しいし、美しいわ」

彼女は返した。

「呼吸や脈と変わらない、止めたが最後」

僕は言った。

「美しいに決まってる。生命活動だから」

彼女は言った。

「一歩、また次の一歩を進むために橋を造るんだよ」

僕はぼやいた。

「進んだら、次の橋がまた必要になる」

彼女はつぶやいた。

「だから僕は決めたんだ。橋を造るみたいに世界を創ろうって」

僕は言った。

「澄んだ世界になる」

彼女は言った。

「でも、追いつかなくて」

僕は弱音を吐いた。

「ゆっくりではだめ?」

彼女は訊いた。

「迫り来る時間が怖い」

僕は述べた。

「後ろから?」

彼女は訊いた。

「うん、背後から」

僕は答えた。

「空間にいるのに後ろから?」

彼女はまた訊いた。

「うん」

僕は言った。

「前も後ろもないじゃない」

彼女は言った。

「あるつもりになってるのかな、橋が」

僕は言った。

「前と後ろ、直線の上ならね。でも、ちがう」

彼女は言った。

「こんなに懸命に創ったのに、ないなんて」

僕は言った。

「世界はあるよ」

彼女は言った。

「でも、前後も上下もない」

僕は言った。

「時間は私たちを取り囲んで覆ってる、水みたいに」

彼女は言った。

「境もなく繋がってる」

僕は言った。

「たとえ波打って揺らいでも、迫って来るなんてないからね」

彼女はきっぱりと言った。

「橋なんていらないのかな」

僕は言った。

「造ればいいよ、創りたい世界に橋があるなら」

彼女は言った。
夢うつつの窓際で。

僕は目を閉じた。
明け方の毛布の中で。

虹のような、水平線のような、なだらかな曲線。
ゆるく、ゆるく、弧を描く。
ゆっくりとカーブし始める数直線は、やがて巨大な円を形成する。
終わりと始まりが重なる。


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