社会動物
祈りや願いに満ちた仕事をする人々に、次々に出会える。
じっとして念じる、言葉にして説明する、そういうときもあるのだけれど、ひたすらに、真摯に、内なる声に忠実に、仕事をする人々。
まるで木を植え続けるように。
人に会い、話を聞き、感じたことを軸として行動できる生業。
外に出て、アンテナを張り、その対象が最も美しく見える画角で切り取る極上の1枚。
そのものの大切ななにかに気がついているかな、そのもののよさを最大限に映し出せているかな。
今日最高だと思ったものは、明日にはいっぺんに更新されているかもしれない。
冴えないと感じていた対象を斜め横から見たときに、初めて気づく溢れんばかりの魅力に言葉を失うかもしれない。
目を凝らして、集中して、意識をその内部にもっと奥に深く飛ばして、精密な味付けに気がつけば、惹きつけるものを持たない対象なんてどこにも存在しないのだ。
呼吸を整えて、全身で、人を、生き物を、空間を味わうと、そのなかにある混じり気のない生命を感じられる。
決して触れることのできない、濃密で、静謐で、清洌な、まるくて強い熱に満ちた生命。
善悪も優劣も強弱もない、ただそこに、中心に、歴然と、確実に深く深く錨を降ろして揺るがない生命。
まっすぐに、そこに意識を集中する。
次元が変わる。
ほんとうはいつもそこにあるものなのに、
雑多なことがらで気持ちを紛らして、
あまりにも純粋な、その熱の塊から、
目を逸らして、
尊い心理劇みたいな日々は行き過ぎる。
社会動物は他者とのやりとりを通してコミュニティを形成する。
決まりごとや、セオリーに溢れた世界観に身を投じてみる。
ドラマや音楽が生まれる。言葉が魂を震わせて、憧れや夢を実現させる。
否定するのでもなく、疑問にとらわれるのでもなく、命を燃やして味わいつくす。
どの仕事に取り組むときも、その燃やす命そのもののほうに意識を向けているのだろう。
そのスイッチはいつでもONにできるけれど、YouTubeの動画よりもバッテリーを食う。
必要なとき以外はスリープ機能で待機してる。
根源に深く集中するとき、「今だ!」っていう瞬間がある。
コンマ1秒でも遅れたら切り取れない、絶好の一瞬。
迷いなく、カチっと入れるワンタッチのボタン。
その一瞬でダイレクトに響く声、込められた祈りと願いを秒速でキャッチする。
正解も不正解もない、そのままの手触り。
自分で考えて働いている人から、その声を感じることがとても多い。
そういう人ほど、自身や社会の経済を理由に説明したりするけれど、それだけじゃないのは一目瞭然。
そういう人の創る仕事、空間、世界観。
人間の社会はいつまでたっても完成しないけど、この惑星は強い意志や遥かな想いに満ちている。
高速回転で思考して戦略を練るとき、やけどしそうなその熱は地核に煮えたぎるマグマの色、
集中を解いてくつろぐとき、なめらかな弛緩の感触は甘く熟してつるんと冷えたフルーツの色、
1000年後には、どの生命も循環してる。
それまでに、何度も繰り返す、緊張と弛緩のコントラスト。
個体で、種で、地球全体で。
色も形も、その豊かさでは他の生き物たちにかなわないけれど、社会動物にんげんはそれはそれで豊かです。
言葉という技を賜り、時間の旅を記す動物。
仕事を通して、たくさんの人と出会う。
人々の向こうには、膨大な情報量の世界が広がる。
世界と世界は交わって、くるんとまるまり球体になる。
ひとりと関わると、地球を感じる。
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