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Story in the story, Mirror in the mirror

現実はどこまでも生々しく質感と温度を伴い、まるで影のようにぴったりとくっついてくる。
それでもときどき思うのだ。
これはどこか、人知の及ばぬパラレルワールドで誰かが書き続けている物語なのではないかと。
登場人物のひとりである限り、物語の全容を知ることはできない。
それが真実だと気づくこと自体、脚本に組み込まれているのなら、もう一体なにに太刀打ちができるというのか。
平和で余裕のある現代の、まるで暇つぶしみたいな発想を緻密に組み立てて形にしたら風刺めいたSFを仕上げられるかな。物語のなかで描く物語、人物たちは鏡に映る鏡のなかに。
平和で余裕のある、という夢見がちな幻想をほんとうの幸福に変えられるのは、目を逸らさない勇気と気の遠くなりそうな行為を延々と続ける強靭な根気。
延々と続くように見えて、いくらでも変化し続けているのだということを信じられる気の強さ。
鏡を打ち破り、極彩色の現実世界に架かる橋を鼻歌まじりにペインティング。
丈夫な靴を直しては履き、履き潰しては直し、終わらない旅をどこまでも。
巡りめぐる季節と、ぐんぐんと進んでは変わりゆく壮大な景色。
持ち物は少なく、信頼のおける頑健な品を。
アンテナの感度を高め、身体機能を鍛えよ。
氷河も弾丸も効かないご時世、音も立てずに世界を覆う虚無感という名の天災と人災。
強く、弱く、賢く、愚かな人類の、種別と名称のメッキを剥がしても、カテゴリーを解いても光を放つのは「内なる衝動ーesー突き動かすもの」
誰のなかにもたしかにあるもの。
生まれたままの「存在」そのもの。
それぞれの色、それぞれの形、みな貴重で尊いもの。
いつでもそれに気がつきたい。
そういうものを眺めていたい。

街に、海辺に、森に、史跡に、産院に、病院に、学び舎に、商店街に、路地裏に、いたるところで見つけられる。遠くに、隣に、外側に、内側に、いつも、どこにでも。

いつも、言葉を使う。
腑に落ちる、納得のいく、落としどころが見つかる、そのすべてはぐぐぐっと煮詰めて深く潜って突き抜けた先にしかないと知っている。突き抜けた先に、新しい大気に満ちた空間があって、清々しい呼吸をして、充電100%!
煮詰める熱さと、潜るときの息苦しさから逃れて、アクティブな雰囲気で、猛スピードで浅瀬を泳ぎきっても、静謐で清浄なあの場所には辿り着けない。
ところで、潜って行ってるつもりでいて、ここは宇宙と変わらずで、上下なんてわかってない。
上昇して、水面に上がり、呼吸せよ!
ただし段階的に。潜水病にならぬよう。
一文字は一石、綴る文章は確かな布石。

文章を書くことの感触を文字にして論じると、こんな感じなんだけど、まだ甘い。

まだまだ甘い。

料理や食事における甘みは単に味覚の一つである。評価にその言葉を用いる場合、不完全さや不足感、未完成の余韻を与える。案外、人は甘いものが好きである。私もまた、甘いものが嫌いではない。しかし、塩気の強いつまみも好きだ。塩味の後に味わう、小さめのアイスが好きだ。あくまでも、甘さはほんのスパイスに過ぎない。おかしな日本語である。少なくとも、甘さに甘んじるわけにはいかない。言葉あそびはおもしろい。料理にも似て、スポーツと近い。体力と、センスと、段取りと全てを組み合わせる、創造的でアクティブな行為である。

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