【こんなことなら補助金6,000万円貰わなきゃよかった。】第1話:不幸の予感
第1話「不幸の予感」
「九条さん、ゴルフレッスンをやっている方が、事業再構築補助金を使ってインドアゴルフ場を建設したいと言っています。」
コンサルティング相談窓口で対応していた後輩の矢島浩平が、そう私に声をかけてきた。ある客が補助金の事業計画書を作成する依頼に来たそうだ。
矢島が持っている相談内容シートには「竹内勇作」という名前が書いてある。さっきまで矢島が座っていた相談窓口に目をやると、その竹内らしき人物が対面に座っている。
座っていても分かる長身で、細身のスラックスにポロシャツという紳士的なスタイルだ。
事業計画書を持った矢島が私のところに寄ってきて「事業再構築補助金を活用して、新たにインドアゴルフ事業を始めたいらしいんです。少し事業計画を見てもらえますか?」と言った。
私はA4用紙1枚に書かれている事業計画に目を通し、思わずつぶやいた。
「また、インドアゴルフ案件か…」
――――—話は今より2年以上前に遡る。
日本で「緊急事態宣言」が発令・解除が繰り返されていたころだ。
「事業再構築補助金」は、コロナで低迷したビジネスからの業態転換を促すために国が用意した補助金である。
しかし、公募回数を重ねるごとに徐々に「コロナ危機からの脱却」という当初の補助金の意義や効果が問われ始め、2023年秋にはついに行政レビューで「抜本的な見直し」が求められた補助制度である。
その議論の中でも、「同じような事業の申請が増えている」と問題視された事業の一つが「シミュレーションゴルフ(インドアゴルフ)案件」だ。
―――――――――当時、私のところにもインドアゴルフに関する案件が2件立て続けに相談が来ていたこともあり、慎重に対応することにした。
私は矢島とともに相談窓口に座り、竹内に話を聞くことにした。
事業計画を見ると設備投資額の欄には「5,000万円」と書いてある。
資金の使い道を聞くと「新たに建物を建設するのに3,500万円、最新のシミュレーションゴルフ機器を導入するのに1,500万円かかる」と言った。
事業再構築補助金は、補助金が2/3出るのが基本だ。
仮に採択されたとしても補助金は5,000万円のうち2/3にあたる約3,400万円しか貰えないため、残りの1/3にあたる約1,600万円は自ら出すことになる。
自分の貯金がなければ銀行から借りるしかない。
「こちらは銀行にお話されているんですか?」
「いえ、まだ話していません」
「そうですか、資金調達できるかどうかは事業展開においてとても重要になります。お早めに銀行へ相談された方がよいです。ちなみにですが、今まで経営のご経験はありますか?」
「いいえ、ありません。今までは雇われていて、必要な時にゴルフを指導していました。いわゆるレッスンプロというやつですよ。」
私と矢島は頭の中で同じことを考えた。
(普段1人でレッスンしている人が、この規模のインドアゴルフ場の運営ができるのだろうか…)
「なぜ、インドアゴルフ場なんでしょうか?」
「24時間セルフのインドアゴルフであれば、お客さんが自由に出入りしてくれますので、私があまり手をかけなくても収入が得られるはずです」
「そうですか、いくらセルフだからと言っても事業を運営していくためには集客、予約管理、清掃や機器のメンテナンス、クレーム対応、情報発信など、やることはたくさんあると思いますが…そのあたりは考えられてますか?」
「はぁ…コロナでみんな外に出られないのでお客さんは集まると思うんですけどね…」
「それに長期的にはゴルフ人口が減り続けています。それにこの地域には既にシミュレーションゴルフはいくつかあり、競合他社も存在します。競合店については調査をされてますか?」
「……競合とかはよくわかりませんね。ゴルフやる人はたくさんいますから大丈夫じゃないですか。」
「競合を調査することは差別化に繋がるため、とても大事です。もしよろしければ、このまま事業計画書を作成するのではなく、一度、私達と事業計画そのものについて考えてみませんか?」
「私は、補助金の事業計画書作成を依頼したいんだよ。」
「それは存じております。しかし、ここまで大規模な投資だといくら補助金が貰えるからと言っても事業運営の負担になってしまう可能性もあります。」
「私はこのインドアゴルフ場がやりたいんだ。補助金を貰えるチャンスだし、そもそも事業をやるのは私なんだから、何をやろうと私の自由じゃないか!」
「いえ、ですが…」
「もういい、他の所に頼むよ。」
そう言い残して竹内は去っていった。
<第2話へ続く>