【こんなことなら補助金6,000万円貰わなきゃよかった。】第5話:奇妙な見積書
第5話:奇妙な見積書
それから5か月ほど経っただろうか。
ある日、突然、竹内より連絡が入った。
「矢島さん、お世話になります。サイバーゴルフ社の竹内です。」
「竹内さん、ご無沙汰しております。その後の進捗はいかがでしょうか?」
「矢島さん、大変申し上げづらいのですが…」
「はい…」
「実は、交付申請がうまく進んでおらず、サポートしていただけないかと思っていまして…」
(やはりそうなったか…)
「そうですか…ちなみに今は、何回目の交付申請でしょうか?」
「はい…5回目の差戻しが来たところでして…」
この展開は〝想定の範囲内〟だ。
事業再構築補助金を受給したことがある人なら分かると思うが、事業再構築補助金は、事業計画書作成よりも「交付申請」「実績報告」の方が数倍大変だからだ。
その中でも、最も苦労するのが「交付申請」だと言える。
なぜならば、事務局が求めてくる〝補助金のルール〟と、実際にビジネス上で行われている〝商習慣〟に、大きなギャップが存在するからだ。
一つ例を挙げると、交付申請において事務局が求めてくる書類の一つに「見積書」および「相見積書」がある。
一般的な商取引であれば、「諸経費」「管理費」等が当然のように記載されている。見積書はあくまで「見積り」時点であり、詳細を完璧に出すことは難しいからだ。
しかし、事務局ではこの「諸経費」「管理費」等は一切認められない。
こうした項目があると「その詳細を示してください。詳細がお示しできない場合は対象外となります。」とすぐに突き返されてしまう。
これは〝実質的なNO!〟である。
更に驚くべきは、「相見積書」には〝全く同じ項目、全く同じ文言〟での記載を要求される。
酷い事務局担当者に当たってしまった場合、「製品名に書かれている英語が小文字になっていますので、見積書に合わせて取り直してください」とまで言われたことすらある。
異なる業者に見積りを頼めば、見積項目、書式などが違うのは当たり前だ。しかし、補助金ではそれが通用しない。
すると、最終的に「業者名」「金額」だけが違う「相見積書」を用意することになる。並べて見ると実に〝奇妙な見積書〟である。
これは交付申請におけるほんの一例であるが、こうした常識では考えられない細かい指摘が、何度も何度も繰り返され、ついには事業者が悲鳴を上げ、駆け込み寺のように相談にくることも多い。
どうやら竹内も、最初は頑張って交付申請手続きをしていたが、こうした事務局とのやり取りがなども続き、ついには5回目の差戻しをくらった時に、音を上げたらしい。
竹内は、事務局から指摘された差戻メールをプリントアウトし、矢島に見せてきた。そこには実にA4用紙4枚にも及ぶ指摘事項が綴られている。
「竹内さん、お言葉ですが…まずは真壁さんにお願いするのが筋でしょう。」
矢島は、体を小さくし、うつむき加減の竹内に向かって言った。
「矢島さん、大変申し訳ありません。仰るとおり、何度か真壁先生のところに行ってお願いしたんですが、『契約は終了している』と言われて断られてしまい…」
「それで、なぜ弊社なんですか?以前にも、弊社は事業計画書を策定したクライアントのみに対して、その後のサポートをしているとお伝えしたはずです。」
「はい、おっしゃる通りです。実は、真壁先生が認定支援機関の確認書を発行してくれた弊社であれば、サポートしてくれるのではないかと…」
(またか…)
「どうしても困っていまして、このままだと事業完了期限に間に合わなくなりそうで…なんとかなりませんでしょうか」
「矢島くん、困っているのなら、サポートしてあげたらいいじゃないか」
その声に反応したのは、小宮だった。
「君は補助金のプロなんだから、交付申請なんて難しくないだろう」
「小宮部長、しかし…」
「困っている事業者を支援するのは我々の使命だと私は思うよ」
「はい…部長がそうおっしゃるのなら…」
「小宮さん、矢島さん、本当にありがとうございます。」
「それでは、一旦、弊社にて差戻しの内容を精査しますので、後日、ご連絡差し上げます」
竹内は何度も頭を下げて、弊社を後にした。
竹内が帰ると、小宮は即座に自席に戻り、電話をかけ始めた。
「もしもし、KSBコンサルティングの小宮です。真壁先生いつもお世話になります。御社からご紹介のサイバーゴルフ様の件ですが、弊社でサポートいたしますのでご安心ください。………はい、もちろんですよ。………今後ともどうぞよろしくお願いいたします。」
矢島は大きなため息を吐き、差戻メールに目をやったが、その内容は頭には入ってこなかった。
<第6話へ続く>
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