【こんなことなら補助金6,000万円貰わなきゃよかった。】第4話:見えざる壁
第4話「見えざる壁」
サイバーゴルフ社宛てに「認定支援機関の確認書」を発行して数日、竹内から「申請完了しました。」と、矢島のところへ連絡が入った。
私が受けていた2件のインドアゴルフ案件は、議論を重ねた結果、1件は既存事業の販路開拓を行う「小規模事業者持続化補助金」への申請に変更した。
もう1件は、事業内容を見直した上で、事業再構築補助金への申請を行った。
―――――それから、約3か月が過ぎた。
ある日、ホームページ上で事業再構築補助金の「採択結果」が発表され、私も、矢島も、自らのコンサルティング先への電話対応に追われていた。
採択発表時にはホームページで採択先一覧が公表されるのと同時に、採択された事業者には事務局から直接メールが届く。
仮に採択されていれば、祝福の電話と今後の流れや注意点を説明する。
採択されていなければ、事業計画の見直しや今後の対応について検討する。
コンサルティングを行った先、全てに対してこの作業を行うため、
どちらにしても、採択発表日というのは忙しい1日になる。
矢島も同じように電話対応に追われていた。
「採択されましたか?はい、そうですか、おめでとうございます……」
クライアントからの採択報告のはずなのに、矢島はなぜか浮かない顔をしている。電話を終えた矢島は、すぐに私のところに寄ってきた。
「九条さん、サイバーゴルフ社の竹内から連絡がありまして…」
「まさか、、通ったのか…?」
「はい…採択されてしまったようです」
「そうか、相変らずの審査だな」
「はい…」
意外に思われるかもしれないが、国の補助金審査は、必ずしも良い事業計画が通るとは限らない。
大抵の場合、「公募要領」と呼ばれる応募説明書に、下記のような審査項目が書かれている。
この審査項目に従って事業計画書を作成していけば「点数が取れる計画書」が出来上がるというわけだ。
事実、竹内のインドアゴルフ案件も、事業再構築補助金で求められている「先進的なデジタル技術の活用」を押さえるために、導入する設備が最新鋭のものに切り替え「デジタルトランスフォーメーション」と記載されていた。
それに伴い当然、設備の金額もケタが変わっていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これは余談であるが、例えば審査項目の一つである「先進的なデジタル技術」に該当するかどうかは、〝審査員の主観〟に委ねられる部分が大きい。
そもそも審査員が先端的なデジタル技術についての知見があるかは、疑問が大きいところだ。
審査員は、民間の中小企業診断士から募集しているそうだが、おそらく大勢いる審査員の中にも、「デジタルトランスフォーメーション」と「IT化」の違いを明確に説明できるものはほとんどいないのではないだろうか。
残念ながら今の国の仕組みでは、審査員によって大きく点数が変わることも否めない。
事実、不採択になった事業計画書を、内容を一切書き加えずに、「そのまま次回公募で出して採択された」というケースを何件も見ている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私と矢島が、サイバーゴルフ社の件を話していると、後ろから小宮が電話をする大きな声が聞こえてきた。
「真壁先生、この度は採択おめでとうございます。え?どれって、サイバーゴルフ社の案件のことですよ。さすが真壁先生です」
(真壁…!?そうか、真壁のところだったか)
「真壁中小企業診断士事務所」といえば、この地域でも古参の中小企業診断士だ。地域の中小企業診断士協会の役員も担っている。
コンサル業界は、狭い世界の為、同業者の情報はよく出回る。
中小企業診断士協会に所属している若手の中小企業診断士からすると「飲み会では、いつも昔の自慢話と説教で、あまり関わりたくない」というのが本音らしい。
私も、真壁についてはセミナーで登壇している姿は何回か見たことあるが、実際にコンサルティングをしている様子は一切聞いたことが無い。
だが、ひとつ、良からぬ噂は聞いたことがある。
それは「補助金額を吊り上げる」診断士ということだ。
なぜなら、補助金のコンサルティング報酬は多くの場合、補助金が貰える金額に報酬率を掛けるためだ。
報酬率が10%の場合、補助金額が6,000万円であれば報酬は600万円になる。
逆に補助金額が500万円であれば、報酬は50万円になる。
実は「補助金申請」というのは、例え500万円の申請であっても、6,000万円の申請であっても、事業計画書作成にかかる手間や時間はほとんど同じである。
現状把握、ヒアリング、方針決め、計画書策定、ブラッシュアップ、電子申請という工数は、ほぼ変わらないからだ。
それであれば、上限いっぱいまで、補助金額を吊り上げるコンサルタントがいてもおかしくはない。
それを今回、まさに体現したのが真壁ということになる。
真壁が携わった補助金は何件か知っているが、真壁中小企業診断士事務所が「認定支援機関の確認書」を発行しているのを見たことがない。
その理由は私が想像するだけでもいくつか考えられるが、
おおかた「すべての責任を抱えたくない」といったところだろう。
そして、厄介なことに真壁は、小宮にとって大学時代の先輩であった。
小宮にとっても、「認定支援機関の確認書」を発行すると、認定支援機関の支援実績としてカウントされる。
この実績は対外的にも公表されるため、実績が欲しい小宮にとって、真壁は都合の良いビジネスパートナーというわけだ。
ともあれ、竹内のインドアゴルフ案件は、真壁の手を借りて「採択」を勝ち取ったのである。
竹内は「採択」という第一の難関を無事乗り越え、次の壁に向かうことになる。
実は国が公募する多くの補助金は、補助金が貰えるまでに、下記のように3段階ある。
事業計画が「採択された」からと言って、必ずしも補助金が貰えるわけではない。
事実、私のクライアントでも採択されたにも関わらず、対象経費が認められず補助金が満額もらえないケース、設備が予定通り発注できず中止(採択辞退)になったケースもある。
特に、事業再構築補助金は事務局の交付申請手続きが通らないことが有名で、「見積書を10回以上を取り直した」ということも珍しくない。
そして、竹内が依頼した真壁中小企業診断士事務所は❶事業計画書作成を専門とし、採択された時点で契約が終了する形を取っている。
補助金を支援する中小企業診断士からすれば交付申請手続き、実績報告手続きのサポートは厄介であり、この手続きを嫌がる人も多い。
なぜなら、事務局に電話をすると、第一声「申請者ご本人でないと情報をお伝えすることができません」と言われてしまうからだ。
何百ページもある事務手続きを準備しておいて、事業者が理解できないから善意でサポートをしているのにも関わらずだ…。
もし制約報酬の請求を「補助金が入金されてからでいいですよ」と言おうものなら、報酬が貰えるまでに1年以上かかってしまうことも平気である。
こうした諸々の事情から❶事業計画書作成のみを請負う中小企業診断士も少なくない。
当然そうなると❷交付申請手続き以降は、事業者自身が頑張って行うか、認定支援機関や金融機関がサービス的にどこまで支援をするかということになる。
本件の場合、真壁中小企業診断士事務所からのサポートが得られないため、「もしかしたら竹内がサポートを求めてくるかもしれない…」と不安になった。
しかし、竹内の口からは「私が自分でやりますよ。」との言葉が発せられた。
矢島は「それではお願いします。」と伝え、電話を切った。
<第5話へ続く>