【こんなことなら補助金6,000万円貰わなきゃよかった。】第2話:狂気の事業計画
第2話「狂気の事業計画」
事業再構築補助金を申請するためには、国が認めた認定経営革新等支援機関(通称:認定支援機関)に事業計画書を提出し、「認定支援機関の確認書」を発行してもらわなければ申請できない。
私の所属しているコンサルティング会社は、認定支援機関に登録しているため取引先顧客に対して「確認書」を発行することができる。
認定支援機関は、その事業計画が補助金の要件に該当しているか、実現可能性があるかなどを確認するのだ。
つまり、国が審査する前の〝フィルター役〟ということだ。
もちろん、確認書を発行するかどうかは認定支援機関の判断に委ねられる。
ある日、相談窓口で確認書の発行依頼を受けた矢島は、眉間にしわを寄せながら私のところに近づいてきた。
「九条さん、この事業計画書を見てください」
矢島は鼻の利く男だ。
私よりも一つ年下だが、同じ課長職という立場であり、互いに現場での補助金申請支援経験も長い。
実に信頼できる男であるが、私と違ってサラリーマンらしく、自分の中で結論が決まっていても必ず上司に相談し、判断を仰ぐ男でもある。この辺りの処世術は私も見習いたいところだ。
そんな矢島の気遣いから来るものか、信頼関係から来るものかはさておき、矢島は〝鼻が利いた〟ときには、上司よりもまず先に私に相談してくるのが通例になっている。
私は、矢島に見せられた事業計画書に書いてある名前を見て、心がざわつく感じがした。
サイバーゴルフ……竹内……私が持っている顧客リストには載っていないはずだが、記憶のどこかに引っ掛かっている。
「この事業計画書は?」
「九条さん、覚えていますか。1か月前くらいに突然窓口に来て、インドアゴルフ場を建設したいと言って、九条さんに同席してもらった、あの竹内です。」
「あぁ、そうか。あのときの竹内か…」
窓口に座っている男に目を移すと、確かにあの日と同じような恰好をした竹内の姿がある。
「なんで、また、うちに来ているんだ?」
「それが、別のコンサルティング会社に依頼して、事業計画書を作ってもらったそうなんです。しかし、なぜかそのコンサルティング会社から弊社に紹介があったそうで、確認書の発行を依頼してきました。」
「なぜ、うちで発行するんだ。事業計画書を作成した認定支援機関に発行してもらえばいいじゃないか。」
「はい、そうなんですが、それがどこのコンサルティング会社か言わないんですよ。」
「何かあるのか…」
「何かあるかもしれませんね…一応、経緯を聞いてみたところ、1か月前、弊社を後にした竹内は、その足でメイン銀行に行ったそうです。ただ、融資の相談は断られたそうです。」
「まぁ、そうだろうな。」
「そこで、取引のない銀行をいくつか回って候補先を見つけたらしいんですが…そこの銀行の担当者に『融資の件はなんとか検討してみます。ただし、絶対融資が下りるとは言えません。そこで、融資を検討する条件として認定支援機関の確認書をもらってきてください。国が認めた支援機関のお墨付きがあれば審査部の稟議も通りやすくなるはずです。』と言われたらしいんです。」
「それで、竹内は別のコンサルティング会社に事業計画書作成を依頼したが、なぜか出来上がった事業計画書を持って弊社へ確認書発行依頼に来たということか。」
「はい、そのとおりです。」
矢島は少し低い声で「ここを見てください」と事業計画書のある部分を指差した。
「総投資金額が9,000万円……」
私は自分の言葉で金額を確かめるように言葉を発した。
前回相談に来た時には、総額5,000万円だったはずだ。
それでも高いと思ったが、今回はそれを上回る9,000万円と書いてある。
矢島も神妙な面持ちをして固まっている。
私と同じことを頭の中で巡らせているのがわかった。
(なぜ、投資金額が上がっているのだろうか?)
繰り返しになるが、総投資額の3分の1は自己資金を用意する必要がある。
仮に補助金が6,000万円貰えたとしても、残りの3,000万円は自己負担しなければならない。
前回のこともあり、私は一旦同席を避け、矢島が竹内に事情を聞くことにした。
「知り合いの事業者が上限6,000万円補助金が採択されたのを聞いたんですよ。どうせ補助金が貰えるのであれば上限いっぱい貰いたいじゃないですか。それにコンサルティング会社もその方がいいのではないかと言ってくれましたよ。」
竹内はそう答えた。
これは補助金界隈ではよくある話だ。
事業の内容うんぬんよりも〝貰えるものは貰いたい〟と、補助金ありきの事業計画に塗り変えてしまうのである。
「銀行の担当者は、この3,000万円の借入を承諾したんですか?」
「前向きに検討してくれると。」
3,000万円と言えば、そこそこ良い新築住宅が1件建てられる金額だ。
設備投資の詳細を見ると投資内容自体は変わっていないが、建物費、設備費ともに価格が上乗せされている。
(これはさすがに事業計画に無理がある。。。)
事業計画書には事業実施体制なども形式的に書かれているが、とても事業を回していけるイメージが沸かない。
「ちなみに、どちらのコンサルティング会社で事業計画書を作成されたんですか?」
「それは、お宅には関係ないことでしょう」
「いえ、関係ありますよ。弊社は事業計画書の実現可能性を確認しながら、確認書を発行するかどうかを判断いたします。当然、事業の計画を一緒に考えたのなら無関係ではいられません。場合によっては、そのコンサルティング会社にも事業内容についてヒアリングが必要かもしれません。」
「私はここに来くれば、確認書を発行してくれるはずだと聞いて来たんです。いいから上司の方に相談してください。」
矢島は席を立って、上司のところへ向かうついでに、私に小さく声をかけきた。
「確認書を発行するつもりはありませんが、何か嫌な感じはしますね」
そう一言だけ告げて、矢島は上司の方へ歩いて行った。
<第3話へ続く>