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ワークショップのしあわせ


ここ数年事情があって、講師の仕事はしていなかったのだけれど、昨年は久しぶりにやることになった。

10人を2グループにわけて、半年で3回
ちょっと人数は少なめだが、コロナのため、あえて2グループにしている。

少人数で、継続的
依頼内容のヒアリングから始まり、希望にあわせて組み立てる。
依頼人は昔からの知人で気心しれた間柄で、話はしやすい。
ワークショップを依頼される状況としては私にとってほぼ理想といっていい。
というか、理想の状態なので、何年ぶりかで引き受けることにしたと言える。

一応、その職場の研修という位置づけだけれど、初回の感想に、こういう研修は初めてでした!、これまでの研修と全然ちがいました!、という感想を複数いただいた。

知人はかなりラディカルな人物なのだが、いろいろ制約もあり、これまでの研修はほぼ座学で、18時半からの実施なので、講義をうけながらお弁当をたべるという状況だったらしい。

たしかに、座学なら、それもありだが、私の研修は私より参加者が話をする状態なので、ものを食べながらは不可能とお伝えし、コロナ対策も踏まえ、開始前に食事はすませてもらうようお願いした。

内容はキャリアアンカーという考えをもとに、自分がこれからどう働いていくかを考えてもらうというもの。
すごぉく大事だけれど、この研修がなされることは多分滅多にない。

すぐ仕事に役に立つように見えないのと本当の自分がもつ指向性にきづいて離職につながるリスクもあるから。

依頼した知人はそのあたりはよくわかった上でいざとなれば参加者がやりたいことをするならその職場をやめてもかまわないと言っていた。
人手不足が慢性化している中でなかなか言えない言葉とおもう。


さて、研修は1回2時間という、非常に短い時間なので、まず2回で実施。
その内容を踏まえ、追加オーダーで、3回目の実施を決め、先日3回目を実施して、最終的に、来年4回目を実施することに。

全然、かっちりしていない(笑)

ただ、結果をうけて、どんどん、どんどん対応していく気持ちよさは講師の仕事では滅多に味わえるものではなくて、どちらかというと人材育成のプロセスに近いものだと思う。

ワークショップの2時間に対して、終わってからの打ち合わせが毎回1時間以上。場合によっては事前打ち合わせもある。
時間で考えるとコスパはよくないが、それ以上にこの打ち合わせの時間が次のセミナーにとって大きな意味を持つ。

連続でやる楽しさ。

そして全体的な進め方の小気味良さとは別に、実際のワークショップの現場はこれまた楽しみにみちている。

内容的にはいくつか質問をして答えてもらうだけの、シンプルなものだが、答えは頭で考えるだけではなく、その場で、ロールプレイングをしたり、リフレクティングプロセスを取り入れたりしながら、自分が何をどう感じているのかを、気づいてもらうように進めていく。

あれれっと違和感を持ってもらうのが第1歩

違和感の中身まで理解できれば上出来

知らなかった自分を受け入れるところまでいければ最高


時間や参加者それぞれの状態で、受け止め方も異なるし、到達点も違ってくる。

そして、なにより参加者同士の相互作用でどんどん変わっていく。

ジャズの即興演奏ににているが、この場合はジャズに限定されない。
ロックギターもあればお筝もあり、自分で歌う人もいれば、もしかしたら、楽器以外の参加者もいるかもしれない。

どんな音になるかはその時しだい。

その中での私の役割は、指揮者ではなく、ライブハウスのマネージャーだろうか。

タイミングを見ながら、プレイヤーを参加させていく。

指揮者のように始まった音楽をコントロールはしないけれど、この楽器が入ったら、どんな音楽になるだろうかと予想しながら、促していく。

そして、大抵は予想を超えた展開になるのだ。

自分の役目は舞台を設定することと、ささやかなきっかけづくり。

でも、そのきっかけで思いもよらない、ハーモニーが生まれ、そして余韻を残して消えていく。

そして、機会があれば、その余韻がどう熟成していったか、次のセッションで見ることができる。

そんな、奇跡のような体験が、
ワークショップのしあわせなのだ。

同じように気づきをもたらすけれど、1対1のカウンセリングとは全く違う。

一期一会の感じはワークショップのほうが強い。

実は昔は苦手だった。
というか、できないと思っていたのだけれど、やってみたら、この楽しさにはまってしまった。

やり直しがきかない、まさに、「いま、ここ」の感覚に魅せられたのだ。

久しぶりにやって、あらためてその楽しさにひたっている。

ワークショップのしあわせ。



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