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「くり返し訴える」ことの意味とは

松下幸之助 一日一話
11月19日 くり返し訴える

経営者が、その思うところの考え、意志を社員に十分伝え、浸透させようとするにはどうすればいいだろうか。

それは、何よりもまずくり返し話すことである。大切なこと、相手に覚えてもらいたいことは、何度も何度もくり返して言う。くり返し訴える。二度でも三度でも、五へんでも十ぺんでも言う。そうすれば、いやでも頭に入る。覚えることになる。

またそれとあわせて、文字をつづって文章にしておく、ということも大切だと思う。文章にしておけば、それを読みなさい、と言えば事が足りる。読んでもらえば、くり返し訴えるのと同じことになる。

https://www.panasonic.com/jp/corporate/history/founders-quotes.html より

経営者である松下翁は、実際にはご自身のどのような思いや考え、意思を社員たちに繰り返し訴えていたのでしょうか。著書である「経営のコツここなりと気づいた価値は百万両」(1980)にて、松下翁は「事業の成否は経営力いかんであり、その経営力は全従業員の衆知が集まるかどうかによって決まる」という考えを持った上で以下のように述べています。

…私の場合、その衆知を生かした経営をしていこうということを、自分なりに終始一貫して考えてきました。そしてそれを社員にも呼びかけ訴えてきました。

「この会社は松下幸之助個人の経営でもなければ、誰の経営でもない。全員が集まって経営するということよりほかにないのだ。みんなの知恵で経営するのだ。衆知経営だ。そのことにわれわれが成功するかどうかによって、会社の将来が決まるのだ。だから、みんな一人ひとりが、みずから発意する経営者だ。そういうことを考えようではないか」

そういうことを、私は、あらゆる機会に社員に話してきたのです。もちろんそうした呼びかけをしても「それはそのとおりだ」と素直に考えてそれに協力してくれる人もあれば、そうでない人もいます。しかしある程度そういうことが浸透して、それなりの成果があったように思います。

そういうことで、衆知による全員経営ということが今日でも松下電器の一つの基本の方針になっています…

…私は、何事によらず、それを成し遂げるためにもっとも大切なことは、まずそのことを強く願うというか、心に期することだと思うのです。なんとしてもこれを成し遂げたい、成し遂げなければならないという強い思い、願いがあれば、事はもう半ばなったといってもいい。そういうものがあれば、そのための手段、方法は必ず考え出されてくると思います。

ですから、衆知を集めようと思えば、やはりまず、衆知を集めたいという気持ちを強く心に持つことです。そういうものが心にあれば、それはその人の態度物腰にもあらわれて、おのずと衆知が集まるようになってくるものです。…
(松下幸之助著「経営のコツここなりと気づいた価値は百万両」より)

実際に松下翁は、現場で何度も何度もくり返し訴えるのと合わせ、文字を綴って文章にした多くの著書を通して、繰り返し訴えることをされていました。その結果、社員のみならず世間に対してもその思いや考え、意思を伝えることになり、時代を超えた私たちの元にも浸透するに至っています。松下翁の成し遂げたい、成し遂げなければならないという強い思いや願いが、時間を経ても衰えることなく今尚生き続けているのだと言えます。


他方で、松下翁の経営者として「繰り返し訴える」という行動に関しては、自他共に「初心を忘れない」或いは「緊張感を持続させる」という意味合いもあったのではないでしょうか。

中国古典のひとつである韓非子には「初心を忘れない」大切さを説いた以下のような言葉があります。

「千丈の堤も、螻蟻(ろうぎ)の穴を以って潰(つい)ゆ」(韓非子)

(千丈もある)高い堤防も、螻蛄(けら)や蟻(あり)のあの小さな穴から潰れてしまうという意味です。つまりは、ちょっとした油断が命取りになることの例えです。

更に、詩経には「初心を忘れずに緊張感を持続させる」大切さを説いた以下のような言葉があります。

「初めあらざる摩(な)く、克(よ)く終りあること鮮(すく)なし」(詩経)

物事を始めたときは皆うまくいくように思えたり見えたりするものだが、終わりまで完遂するものは少ないという意味です。つまりは、初めは緊張感をもって仕事に取り組むが、時がたつにつれて気持に緩みが生じ、やがてそれが衰亡につながっていくということです。

「戦々競々として深淵(しんえん)に臨むが如く薄氷を履むが如し」(詩経)

慎重に、深い谷底をのぞきこむように、薄い氷の上を歩くように行動することが大切であるという意味です。

更に、左伝には以下のような言葉があります。

「安きに居りて危うきを思う」(左伝)

安定している時こそ将来の危険を思い対処する心構えをもつという意味です。

松下翁は、小さな穴の怖さを事業家として失敗した実父の姿や、ご自身の経験を通して知っていたからこそ、どう行動すればいいのかということを常に考え続け、強い思いで繰り返し訴えることを怠らなかったのではないかと私は考えます。


中山兮智是(なかやま・ともゆき) / nakayanさん
JDMRI 日本経営デザイン研究所CEO兼MBAデザイナー
1978年東京都生まれ。建築設計事務所にてデザインの基礎を学んだ後、05年からフリーランスデザイナーとして活動。大学には行かず16年大学院にてMBA取得。これまでに100社以上での実務経験を持つ。
お問合せ先 : nakayama@jdmri.jp

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