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中国バランスシート不況論について

※相場の話ではありません

何度目かの中国停滞論

足元、リチャードクー氏の「バランスシート不況論」が注目を集めている。バランスシート調整それ自体、中国でも起きていると指摘する声は数年前からあったものの、昨年末「ゼロコロナ」政策を解除したにもかかわらず今一つ物足りない回復となっている中国経済を前に、改めてその指摘が重みを増している。

●中国は「バランスシート不況」、政府の介入必要-野村総研クー氏(23/6/30)
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-06-30/RX213KT1UM0W01
●中国は日本と同様の問題に直面、違いは「バランスシート不況」の知識(23/7/11)
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-07-11/RXKS1ET1UM0W01

バランスシート不況とは何らかの原因で急激に資産価格が下落し、家計や企業など各経済主体が債務過多(=資産過少)となり、それぞれの収益(家計所得や企業利益)をもっぱら債務返済に充てる(デレバレッジを推進する)よう行動することで家計の消費や住宅投資、企業の採用や設備投資が手控えられ、長期的な不況に陥るという理屈である。

現在の中国景気は、消費が当初の期待ほど伸びず、企業の固定資産投資が減速し続けているなど、バランスシート不況の「状況証拠」が増えている。資産価格の面でも株価や不動産は海外、特に隣国である日本に比べ精彩を欠くなど、バランスシート調整が起きているとする言説には一定の説得力がある。

黄昏の神話

「状況証拠」の最たるものはBIS(国際決済銀行)が公表する民間債務残高であろう。中国における民間部門(家計+企業)の債務残高は2010年代半ば以降、GDP比200%前後で「天井」にぶつかったかのように推移している(図表)。奇しくも日本経済がピークを迎えた1990年代半ばと同水準である。その後、日本では株価や不動産価格が本格的に下落し始め、民間は律儀に債務削減に勤しみ、経済は縮小し、日本経済は世界の表舞台から姿を消したという「黄昏の神話」は日本人に広く共有されているところであろう。同時に、中国経済の先行きを不安視する大きな理由にもなっていよう。

とはいえ、米国の経験もまたバランスシート不況への示唆に富んでいる。米国も2008年のリーマン・ショック以降、民間部門の債務は一転して縮小に転じた(前掲図)。ただ、日本とは異なり減少は3年程度で止まっている。その後は述べるまでもなく、米国経済は現在も変わらず世界の中心であり続けている。

米国の経験から言えるのは、まずバランスシート調整が始まったとしても対処法があるということだ。米FRBは非伝統的金融政策を駆使し、2012年9月からMBS(不動産担保証券)の買い入れも開始している。MBSとその裏付けとなる不動産にも事実上の価格支援策を施し、民間部門のバランスシート調整を終わらせようと努めた。中央銀行の非伝統的政策を受けて、2010年代初めには民間部門の債務削減も止まっている。

もう一つは、債務残高が伸びなくなっても必ずしも経済が停滞するわけではないということである。米国の民間部門は2010年代初めからコロナ禍まで、債務残高がGDP比でほぼ一定であり、債務拡大が経済成長をけん引する形とはなっていない(前掲図)。株式など直接金融を通じた資金が経済を支えている面もあるだろうが、今や全世界で使われている各種ITサービスやハイテク製品が絶えず米国で生まれていること、即ちイノベーティブな経済であることも大いに関係しているだろう。バランスシート調整がバランスシート不況に結びつくかは、国によって事情が異なっている。

不動産需給は改善しよう

話を不動産に戻すと、日本は10~20年に渡り不動産価格の緩やかな下落が続いたのに対し、中国ではせいぜい2年程度と、日本のように「不動産は下がるもの」という意識が根付くにはまだ年季が足りていないだろう(図表)。価格下落の勢いについてもリーマン・ショック時の米国には及ばない。足元の中国の不動産価格の動きを以てして、中国が構造的な不況に陥ったと判断することは難しいだろう。

日本と中国の相対感で言えば、日本の不動産価格下落は人口減少が大きな原因とされており、「中国もいずれ日本と同じ道を辿る」との見方を支援している。日本では生産年齢人口(ここでは15-55歳)が1990年代後半から減少に転じており、不動産需要に構造的な減少圧力をかけ始めた可能性が高い(図表)。中国についても生産年齢人口及び総人口が2010年代末期から減少に転じており、足元で不動産需要に構造的な減少圧力がかかり始めたとみられる。

ただ、現在の中国は90年代の日本と異なり、都市化の余地が存在している点が不動産市場にとり依然アドバンテージと考えられる。日本の都市人口比率は1970年代に欧米並みの80%前後に到達して以降、2000年までの25年近くほぼ横ばいで推移した(図表)。都市人口比率が80%前後から伸び悩む傾向は韓国でも観察される。中国の都市人口比率は2021年時点で62.5%と、いわゆる「80%の壁」までには幾分距離がある。農村から都市への移住による住宅需要は依然大きなものがあるだろう。なお、中国政府自身も都市化の進展を第14次五か年計画における目標に掲げており、2025年時点で同比率を65%まで高めるとしている。

都市化は経済成長の原動力にもなる。一般的に都市人口比率と一人当たりGDPは正の関係がある(図表)。都市に集住することで家計はより良い雇用機会に接し、農村にはない様々な財・サービスの消費が可能になるためと考えられる。新興国でしばしば言及される「所得向上と消費高度化」は、都市化がその背景にあることが多い。なお、IMFは2028年に中国の一人当たりGDPが19,600ドルまで上昇すると予想している。

余裕が少ないのも事実

以上、
① バランスシート不況に陥ったとしても(少なくとも)打つ手はあること
② 債務の伸びが止まっても経済成長する道はあること
③ 人口減少が始まっても都市人口比率を高める余地があること
を述べた。足元で中国景気が減速していることは間違いないが、景気減速時には往々にして株価も不動産も下落し、消費や投資も落ち込む。「バランスシート不況論」は循環的な動きを構造的な問題に根差したものだと誤認していないか、今もって注意して考えるべきだろう。

とはいえ、中国経済が足元で人口減少や少子高齢化といった構造問題に直面していることは疑う余地がない。潜在成長率の観点からは、人口減(=労働投入)が不可避ならば資本投入を増やすか生産性を向上させることが成長への道となる。資本ストックの面で中国は既に過剰なまでの投資が実施されており、生産性向上につながる投資があまり残っていない可能性が高い(図表)。こちらも奇しくも日本と中国で同水準となっている。都市化で住宅需要を創出したとしても、やはり限度があるだろう。

目下中国政府は「質の高い成長」を追求しており、インフラ開発や設備投資についても生産性向上につながるものに絞って実施している。目立つのはロボット装備率の上昇であり、2021年時点で日本やドイツに次ぎ世界5位にランクインした。今や懐かしい「中国製造2025」を打ち出して以降、ロボット生産台数も急増している(図表)。こうした産業高度化策で生産性を高め、潜在成長率の底下げを図るというのが中国経済の中長期的な道筋となる。

あえて日本との違いを挙げるとすれば、日本が陥った1990年代に銀行の不良債権問題、失業問題、政党の離合集散、遅れた金融緩和、無駄な大国意識など、民主主義的なプロセスにかかる時間的コストが中国には無さそうな点である。昔からそうだが、課題を認識した時のスピードは中国は今も昔も速い。バランスシート調整に陥ったと認識した時にも相応の対応が期待できるし、それこそ冒頭にあげたBBG記事でリチャードクーが指摘したところである。日本人は伝統的に会議で悩むのが好きな民族だが、「民主主義的ではない」点で中国が経済危機により上手く対処できそうなのは皮肉である。

※本投稿は情報提供を目的としており金融取引を推奨する意図はありません。

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