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小さな命の灯し火 【 余命宣告 】 ( 愛犬との最後の記録 1 | 2023年12月30日 )

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2023年12月28日、余命半年と診断された愛犬ここちゃんとの生きる今を書いています。

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3日間で1年分の涙を流しただろう。

小さな異変に気付いたのはクリスマス翌日の12月26日の朝だった。

「おしっこの態勢を取っても数滴しか出ていない」

違和感は感じたものの、明日になれば治るだろうと思い、その日は一緒に寝て翌朝。全く出ない。
これは尋常ではないと思い、仕事を早く帰らせてもらいかかりつけの動物病院に駆け込んだ。

最初に医者に言われた言葉は、

「今日この病院に来てなかったらおそらくこの子は亡くなっていたと思います」という一言だった。
尿道から膀胱までカテーテルを通し、尿を出すと、大量に出てきた。通常の膀胱炎でないことは明らかだった。

「犬は2日間、尿が出なければ亡くなります。今日は応急処置をして一命を取り留めましたが、何せ年末年始で病院が開いていないので、年を越せるかどうか正直分かりません。越せたとしても打てる手立てはもうないかもしれません」と言われた瞬間、病室で泣き叫んでしまった。

あまりにも漠然としていた「愛犬の死」というものが突然、具体的な輪郭を持って目の前に突きつけられた時の衝撃は、言葉で言い表せるものではなかった。「微かな希望」と「絶望」の間を感情が忙しなく脈を打つ。いっそ、この子と一緒に死のうか、そんなこともふと考えたりした。

僕にとって社会人になってからの10年は、控え目に言っても地獄そのものだった。
長年続いた職場でのパワハラ、過酷な長時間残業、人間不信など、辛いことしかない期間だった。

そんな時にいつもそばにいてくれたのがここちゃん。苦しみという長い長いトンネルの中を一緒に手を繋いで歩き、やっと一筋の光が見える場所まで10年かけて導いてくれた。そんなここちゃんは心の拠り所であると同時に、かけがえのない娘だった。

10才を迎えた頃から寝る前には毎日、「病気だけはなったらあかんで。15才までは元気で生きるんやで」と言うのがいつの間にか癖になっていたが、あるいはそれは自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。

診察の最後に医師に、精密検査と高度医療が可能な病院を紹介してもらい、翌日すぐに行くことになった。僕は覚悟を決めた。
その夜はこんな言葉をかけた。

「ここちゃん、苦しかったなぁ。でも絶対に助けたるからな。不安にならんでいいからな」

迎えた翌日、12月28日。
ここちゃんの運命が決まる日。
ここちゃんをリュックに入れ、通勤ラッシュの電車の吊り革を必死に掴み、病院に到着。

すぐに精密検査が始まった。これで全てが分かる。
祈るように静かにその時を待つ。

3時間後、検査終了ということで再び診察室に呼ばれた僕を待っていたのは、「絶望」の方だった。

「膀胱の中の細胞に悪性腫瘍が見つかりました。膀胱癌で、移行上皮癌という癌です」

「手術で治せないんですか !? 」
手術費用は100万円と言われていたが、親にも頼み込んで、折半することを決めていた。

「手術をして治る癌ではないんです。できることは進行を緩めること、つまり延命治療だけです」

「本当に1つも助かる手立てはないんですか ! 」

「··· すいません ···」

覚悟はしていたつもりだったのに、瞬時に涙で視界がぼやけてくる。

「··· あとどれくらい生きられますか ···」

「個体差がありますが、持って半年です」

「半年以内に亡くなることも ? ··· 」

「充分にあり得ます」

嗚咽が漏れてきた。突然の余命宣告。
「あまりにも残酷じゃないか」。引き裂かれる胸の傷口を抑えながら僕はついに言葉が出なくなった。

膀胱に通したカテーテルを使った人口尿道。命の管。


会計を済ませ、病院を後にした僕は愛犬を抱きしめた。「ごめんな、守ってやれなかった···」。
ひたすら謝る僕に向けてくる愛犬の無邪気な眼差しを僕は直視することができなかった。

気持ちの整理もつかないまま、翌日、かかりつけの動物病院に報告に行った。

「先生、僕の育て方が悪かったんですね ··· 」「もっと早く発見してあげれたら助けられたんですかね ··· 」
と言うと、話を聞いていた看護師さんが、

「そんなことは一切ありません。年を重ねると仕方のないことなんです。自分を責めないでください ! この余命はここちゃんがくれたかけがえのない時間ですよ」

そう言ってくれた。
まだまだ気持ちの整理なんかできないけれど、今のところその言葉にこの上なく救われている。

ここちゃんにとっては一度救われた命。
だからこれからは毎日がここちゃんの誕生日だ。
2024年5月4日、ここちゃんは11才になる。ちょうど今から約半年後。

かなえたい夢は1つ。
ここちゃんの11才の誕生日をまた2人で祝うこと。
今年の初詣はここちゃんと一緒に行こう。きっと神様は僕たちを見捨てないから。

今の自分がここちゃんのために何ができるか。
何を言えるか、言わないか。
自分自身も心身ともに回復し、メンタルを整えていかなければならない。

「ここちゃん、これから思い出をたくさん作ってアルバムを写真でいっぱいにしような」。

これが新しい僕の口癖になっている。


ご飯を元気に食べるここちゃん

  【 2023年12月30日 虎吉パパより 】



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