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お困りごとボット

「あなたのお困りごと、多分売れますよ。」

こいつを何を言っているんだろうか。幻覚のように思えたけれど、そいつははっきりと僕の目の前に立っていた。

ーあなたのお困りごと、教えてください。死ぬなんてもったいないですよ。お金が。
こんな鬱陶しい励まし方をされたのは初めだ。1週間前、アマゾンで「それ」のために必要な物をひとしきり買った。3日前、「それ」のための注意事項を読み漁って万全の状態を整えた。そして、今日になって、やっと決心がついたのに、気が紛れる。

―話しかけないでもらえますか?今、取り込み中なんですよ。
―はい、申し訳ないとは思っているんですけど、どうしてももったいないと思って。
―お金がでしょ。
―はい。
くそ、こいつと話していると気が抜ける。死ぬ間際だっていうのに、「お金になる」の意味が気になりだしている自分もいる。
―僕も、死にたいぐらい困っていたことがあったんですよ。本当に。でも、それをビジネスにしたら、大儲かりして、、、。だから、もったいないって言ってるんですよ。色々と。
たしかに、彼は最も成功者らしい飾らないTシャツを着ているけれど、よくよく見ると彼も僕と同じように人が生きていく上で根本的に必要な何かが抜けているような顔をしている。最後に、誰かに、僕も生きていたことを聞いてほしい。僕の心のど真ん中に住みついた泥をぶつけたい。そんな思いが嫌でも込み上げてくる。

―生きたくないです。
―なんで?
―怖いから。
―何が?
―色々と。
―色々って?
―色々は色々です。
―はあ、じゃあどうして怖いんですか?
―なんとなく。
―それじゃあビジネスになりませんよ。もっとかみ砕いてください。
― はあ、、、、、、、。 僕は、1カ月前、仕事を辞めました。たぶんこれで5回目ぐらいだと思います。辞めちゃったの。
ーまあまあですね。でも、5回もちゃんとやり直そうとしているところは普通にすごいじゃないですか。
ー違うんです。僕は現実逃避は得意なだけなんです。こうありたいとか、こうなりたいとか、そういうのを思い浮かべるのは得意で。いざ一歩踏み出してみたら、僕の夢が現実逃避でしかなかったを思い知らされるんです。目標とか夢とかそういうものを追いかける以前の、いつも初歩的な部分でつまずいちゃって。
ーなるほど、なんだか空しいですね。
ー…….。
ーそれで、その初歩的な部分って何ですか?
ーえー…..。それは、なんとなく、人との関わり方がわからないです。
ーはあ、初歩的な人との関わり方すらわからないっていう意味ですか?ちなみに、僕もいまだにわからないですよ。
ー違うんです。僕の場合は、目の前の人に話をすることすらでないんです。わからないことがあって、質問したくても、言葉がどもってしまうんです。職場の人との交流は必要だと思って、話しかけようとしても、頭が急にこわばって、言葉がつっかかるんです。そういうのが積み重なって、僕はまだ何も覚えていないのに誰にも話しかけずに仕事をするようになっていって。だから、ミスばかりして、職場の人に迷惑をかけてしまう。職場に居られなくなって逃げてしまう。そんな集団の中で生きることすらできないのに、夢とか目標とかそういうものを一丁前に考えるんですよ。こんなのやってられないですよ。
ーたしかに、それはやってられないですね。ちなみに、その思い当たるきっかけとかはあるんですか?人と話せなくなった。

彼は同情も軽蔑も心配もせず、淡々している。彼は僕の話をちゃんと聞いていない気さえしてくる。でも、ここ最近、僕には話し相手は自分しかいなかったからだろうか。そんなことどうでもよかった。

―きっかけというきっかけはないんです。でも、なんだか、僕はずっと、、、
―はーい、ストップです。自分語り終わってくださいー。
ここまで話させておいて、さえぎられるとはさすがに思わなかった。言い方も含め、やっぱり腹立つな。こいつ。

―はい。登録しておきました。あなたの困りごと、きっとお金になります。
―はい。そうですか。いくらぐらいに。
―それはわかりませんよ。でもね、いるんですよ。あなたの人生とか困りごとを聞きたい!知りたい!っていうもの好きが。
―はあ。
―今の時代って、「社会を変えたい」とか、「社会課題を解決したい」とかいう若者が多いんですよ。それで、そういう志が高い人に限って、どれだけ自分の経験をあさっても、あなたみたいな気持ちとか思いがわからないんですよね。だから、あなたのお困りごとを買うんです。需要やニーズを知りたいから。
―仕組みはなんとなくわかったんですけど、なんだかむかつきますね。
―そうですよねー。でも、これっていわゆる「ウィン・ウィン」じゃないですか?あなたが死んだら、この 「ウィン・ウィン」のビジネスも成立しなくなるので、最低でも一週間は待ってくださいね。「ウィン・ウィン」です。
最後までむかつくやつだった。

5日後、彼から電話が来た。
―売れましたよ。あなたの悩み事。至急、買ってくれた人とあなたの家に向かいます。
―はっ、急すぎませんか。さすがに。
―いいでしょう。別に。どうせあなた、ほんとなら5日前に死んでたんだから。
―そんな言い方あります?
―事実を言っただけです。あなたの家に着きました。鍵、開けてください。
ーさすがに嫌ですよ。知らない人を家にあげるなんて。
ーそう渋らないでください。鍵、開けてください。

僕は死にたくなかったわけではないけれど、彼がこの5日間を作ってくれたことは確かだ。それに、彼との取引が終わらないと、僕はもう一度決心することはできない気がしていた。だから、仕方なく、僕は重い腰を上げて、ドアを開けた。
―はじめまして。本日は貴重なお時間を設けてくださりありがとうございます!慶徳大学から参りました。白川正義と申します。本日はよろしくお願いいたします!
絵に描いたようなすがすがしい笑顔の好青年が目の前に立っていた。ここまで培ってきた「かん」がこいつはめんどくさいと拒絶している。だから、開けたドアを閉めてやろうとした。

―だめですよー。扉を閉めたら。ビジネスですから。
ニヤりと笑って、彼は僕の手を止めた。
―いじわるですね。
―そんな、照れないでくださいよ。一緒にビジネスをしましょーよ。

変な話だけど、その日から、僕はあんまり死にたいなんて思わなくなった。

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