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バッハに始まりバッハに終わる...かも
2年前に大腿骨と上腕の骨折をしてから、私はピアノ教師という仕事を辞めることにした。
正確には辞めていない。新しい生徒は取らないことにした。
それまではガムシャラに働いてきた。時間の許す限り生徒の指導をしてきた。
毎日毎日、忙しくて目が回るとはこのことか、と思うほどだった。
そんなある日、出張レッスン先で転んでしまい(そう、目が回ったのだろう)あっけなく骨折。
きっと「もうそろそろ体を労る生活をしなさい」という教えだったのだろう。それからは許される限りはのんびりと生活することにした。
自分の時間が出来た。嬉しい。これまで出来なかったピアノの練習をしようではないか。自分の弾きたい曲を弾くことができるではないか。
そこで久しぶりに取り出したのはバッハの曲だ。そう、J.S.バッハだ。
シンフォニア第9番ヘ短調
以前もnoteに書いたのだが、私は子供の頃、ピアノが習いたくても習えなかった。楽器を習いたくても習えない、そんな人間にはありがたいテレビ番組があった。
NHK教育(Eテレ)に「ピアノのおけいこ」という番組があったのだ。公開レッスンのようなその番組を初めて見た時、ちょうどバッハの3声のインヴェンション(シンフォニア)第9番のレッスンをしていた。
その番組でその曲を初めて聴いた。びっくりした。
バッハというのは大昔に生きた作曲家のはずなのに、音楽は宇宙の中を彷徨っているかのような、時を超えたような、未来的でもあるような響きが聞こえてきたからだ。
その3声のインヴェンション第9番というのはこの曲。
「この曲を弾けるようになりたい!」
私はバッハの鍵盤楽器のための曲の数々が大好きになった。
できるだけ派手な曲やポップスを弾く毎日
バッハの曲についてもっと勉強したいと思った私は、ドイツに来た。なぜか縁があっていまだにドイツに住み続け、ドイツ人にピアノを教えることになった。
ピアノ教師という仕事を始めてからというもの、ピアノに触れるのはレッスンで与える課題曲や生徒が弾きたいと言って持ってくる曲の下調べの時ばかりになった。
クラシックは人気がなく、ほとんどの生徒は映画音楽やラジオで聴いたという曲を弾きたがる。またはクラシックでもロマンティックな曲か派手な曲だ。
たまに生徒に課題曲以外のピアノ曲を聴かせる時は、ド派手にショパンのエチュードなどを弾いた。(超絶技巧っぽい曲を聴かせると、自分も弾けるようになりたい、と思う生徒が多かった)
おかげで私はこの25年、派手な曲か映画音楽か、と言った曲ばかり練習していたのだ。
哲学的なバッハの曲は、私のような初心者向けピアノ教師の生徒には人気がなかった。
再びバッハへ
ピアノのレッスンをするという仕事を辞めることにしたら、当然のことだが、自分の好きな曲を弾く時間が出来た。
何を弾こうか?
88個の鍵盤の上を思いっきり駆け巡れるような曲にしようか?
そんなことを思いながら、楽譜を片っ端から開いてみた。色々な曲の何小節か弾いてみた。そして気がついた。
腕が痛い!高音から低音まで動き回る曲は弾けない!
上腕の骨折がこんなにも私の人生を変えるとは思わなかった。手術をして入れられたプレートも除去されて、リハビリにも半年通っても、私の上腕の可動性はもう100%元には戻らない。
一度怪我をした上腕(右肩のあたり)は今も痛い。95%は元のように動くようになった。でも100%ではない。
ピアノの前に座って右手で高音(右)を弾こうとすると、急に腕が引き攣ったり、痛みが生じることがあるのだ。
辛い…もうショパンのエチュードを「かっこいいでしょ!」と弾くことは出来ないのか?
失望半分に楽譜が置いてある本棚を見て思った。そうだ、バッハだ!
バッハの時代の鍵盤楽器は今のピアノのように鍵盤が多くなかった。バッハのピアノ曲なら右手(腕)を右に伸ばさなくても弾ける。
それに、何と言っても私はバッハのピアノ曲が大好きだったではないか!インヴェンション第9番が大好きだったではないか!
もう生徒に聞かせる演奏はしなくて良いのだ。自分の楽しみのためだけにピアノを練習するのだ。ならば、バッハだ!
バッハに戻ろう!
先に動画で紹介したグレン・グールドのバッハ演奏も好きだが、アンドラーシュ・シフのインヴェンションを聴いてから、ますますこの曲が好きになった。
演奏は模範的とは言えないかもしれない。だが聴いていて嬉しくなる。
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