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書けなかった。

星新一の下書き原稿を図書館で立ち読みした。
原稿用紙ではなくてなにかのノートに、小さな文字がみっしり、それはもうみっしり詰まっていた。

これを読む編集の人は大変だったろうとかそういうありふれた所感より何より、この人、いきなりほぼ出来上がったものを書けたんだよな、昔の作家はすごいよな、ということにずっと前から驚いていて、あらためてはあーっとなる。

自分が書き始めたのはうんと昔で、その頃はワープロだった。ワードプロセッサーだ。紙を巻いてきこきこ印刷するあれで知らない人は知らないだろ。

人が見てると書けねえとか生意気言って、夜中に書いていた。何かくわえていると集中できると思って吸えないタバコを吸って火の元が気になりすぎるので、チュッパチャプスに変えたけど、あっという間になくなるので金欠になった。ついでに虫歯。

アルコールが入って羞恥心が消えたら書けるんだとか阿呆言って、酔って書いたら酔って書いた文ができた。

だんだん昼間も書けるようになったのはいいが、三行書いては印刷して直しをいれてたらそれは詩にもならない。

そういえば詩を書いていた。詩なら書けるもん。
そのうち詩だと短すぎると思って小説に戻った。詩のときの癖が抜けなくて文節が短かったり変に浮いてたりすんだよねと、五億年はやいあるいは遅い言い訳をしていた。

本屋で働いていたときは、次の休みには書けるだろと毎週思っていたが、書けなかった。とにかく一度書き出したら書けるようになると思い続けたけど書けなかった。

長居できそうな喫茶店とか公園のベンチとか居場所があると書けると思ったし、持ち運びのできる道具があれば書けるしネットに繋がってないのがいいとか言ってポメラを買ったけれど、書いている途中で電池が切れるんだよと機械のせいにしているうちに、壊れて書けなくなったし書かなかった。


家にペンキ塗りが入ってシンナーの匂いにむせて安いビジネスホテルにパソコン持ち込んで、これは噂の缶詰じゃん今度こそ書けると思ってこれで書けたらどっと書けるようになると思ったのに、前の居酒屋で輩が騒いでるし、部屋が乾燥しすぎて暑くて、夜中じゅう冷蔵庫に頭を突っ込んでいて、一行も書けなかった。

仕事を辞めてえんえんと書き写しみたいなことしていたけど、そんなのなにも身につかなかった。勉強だと思って古典とか新人賞を読んでたけど、とにかく好きな文じゃないと駄目らしい、じぶんは。

罫線のないノートが好きだ。どんな汚い字で書いても、どんなでかい字で書いても良い。

それから黒だけのプリンター。印刷してもしてもインクがなくならない。

ぜいたくだな、自分は。しかし当然のことながらこんな自分は昔のすごい作家とは一ミリも重ならない。頭の中に世界と言葉ができあがっていて瞬時に取り出せるわけがない。

自分の頭の中にあるのは無数の好きな作家の文章の断片と、子供のころの今とはまったく違う意味で真剣に阿呆だったころの勘違いで、それおをわあーって混ぜて夜中にふと思いついたこととミックスしたもんを引っ張り出すしかない。

今はクロームブック。テキストはネットに保存されるから、自分で保存しなくて良いところが楽ちんですてきだ。百個くらいあった私の気持ち悪い詩はうっかりすべて消えてしまった。でも、ネットに常時繋がっているから意志力が必要なんだよね、とか思っている頭をほうきではたきたい。

書きたい、書きたい、あれもこれも書きたいと思う真夜中の布団。

朝になって霧散したとしても、それはそれで、だ。


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