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記憶に残る元カレグランプリ#2『ハンガーおすそ分けboy』

備忘録も兼ねて、「私の記憶に爪痕を残したあの子」のことを書いていきます。
シリーズ”記憶に残る元カレグランプリ”。
数々の失敗を忘れず、振り返っていくことで、人間関係偏差値を上げていきたいと思っております。

また、今回は「失敗」というより「なんだったんだあの思い出は」に近い内容になっています。


手先が器用な男って魅力的に見えるマジック

「丁寧な暮らし」を地で行くハンガーboy

学生のときに、英会話サークルに入っていた。
そこで出会った彼は韓国人で、年上だった。

日本と違って、韓国には兵役がある。

その間、規律と自律を軸として、彼らは生活をする。
そんな生活を送る中で、洗濯や料理の後片付けを始めとする、日常生活で大事な部分をしこたま鍛えられるらしい。

彼はとても早起きで、朝起きてすぐに歯を磨き、洗濯をし、コーヒーを入れながら軽く掃除をする人だった。

実家でそういう風に教えられたのか聞いてみると、「兵役だよ、皆できる」とこともなげに答えた彼を見て、
彼と私は全く違う文化圏の人なんだなぁ、と実感したのを覚えている。

そんな彼に私が惚れた理由。
それは彼の頭の良さでも、顔でもなく

靴ひもをセットするのがとても速い

というところだった。



人の魅力って欠点ほどは共感されない

イマイチ分からない、ということは友人から散々言われたのでより詳しく説明すると
彼は靴紐を全て外して、靴を洗う人だった。
そして乾かした後、当然靴紐を全て元に戻すわけだが
それがめちゃくちゃ速いのだ。

私は靴紐を通し直すとき、どちらが上にくるべき紐なのか分からなくなって時間がかかってしまう。そして通し終わるころには、あちこちで弛みや、攣っている箇所が散見される、ひどい仕上がりとなることが多い。

しかし彼は違った。
まるで自分の名前を書くときみたいに、スッスッスとやってのけてしまう。

そして仕上がりは、ついさっきまで店頭に並んであったものをそのまま取って来たかのように綺麗だった。

そういった、普通の子はめんどくさがるようなことを愚痴一つ言わずに的確にこなしていくところが、素直に凄いと思った。

彼曰く、「めんどくさいと思ってスマホ、触ったりするでしょ。5分とかすぐ経つよね。でもその5分でめんどくさいことは大抵片付く。めんどくさいと思う前にやっつけないとね。」だそうだ。

当たり前のことだが、そんな当たり前のことをちゃんと出来る人って、なかなかいなかったりするものだ。



淡い期待と、両手いっぱいのハンガー

飲み会の使い方は正解だったと信じている

彼と恋人関係になる前、私は彼に対し猛烈なアプローチをしていた。
そんな折、サークルのメンバーで飲み会をした。

そこで私はマッコリを2リットル近く飲み、彼は「ザル」という新しい日本語を修得した。

帰り道、彼が「帰る方向が同じだし、送るよ」と言ってきたときには小躍りしながらトイレに入り、念入りにリップを直してアイラインを引き直した。

私は人に引かれるほどお酒にめっぽう強かった。
この特性というのは、飲まされる理由になるし、女性であれば可愛げがないと思われる理由にもなってしまう。なので自分のそういうところを「なんだかなぁ」と思うことの方が多かったが、
その時ばかりは「アイラインを的確に引ける。最高。遺伝子よありがとう」と思っていた。

なぜか知らないが、その時の私は
これは今日ツイてる、いけるぞ!と確信していたし、
これから展開されるであろうロマンスに期待を膨らませていた。



答えが分からない話には簡単に乗らない方が良い

スプリングコートを着ていたし、春だったように思う。
ゆっくり自転車を押しながら、彼と並んでとりとめのない話をした。
何を話したのかは覚えていないが、かなり笑ったのを覚えている。

そういう時って、段々と距離が近くなって、もう少し一緒にいたいとお互いに思っていることが分かったりするものだが、あの時はそんな感じだった。

距離的にだいぶ来たよな、と思い始めた頃、彼がこう言った。

ハンガー余ってるんだけど、うち来ない?

内心、「え?」と思ったが、その一瞬にして色々なことを考えた。

これは口実?口実だよね?いやこのシチュエーションでいきなり?
ちょっと、いやだいぶ意味が分からないんだけどそれってどういう意味?
これに「行く」っていったら軽いと思われ…あ、今もしかして試されてる?こいつ乗ってくんのか的な?もし私がその誘いに乗ったら最後、彼女にする女としては不合格になって、1ランクor2ランク下のセフレコースを爆走することになるの?え、これって返答として何が正解?わっかんねぇ。

体感コンマ何秒でそんなことを考えた上で、食い気味に私は答えた。
「行く、全然行く。」


彼の部屋のドアが開いたとき、どこかで嗅いだことのある、柔軟剤みたいな良い匂いがしたのを覚えている。

彼が「ちょっと待ってて」と先に家に入っていき、閉まったドアを見ながら私はぼんやりと ”こういう人でも隠したいものとかあんのかなぁ~” なんてことを考えていた。
後悔よりも期待の方が断然に大きく、さりげなく口臭チェックなんかしていた。

ドアが開いたとき、彼はなにやら大きめの紙袋を抱えていた。

そんなに重くはないよ、沢山あるけど、的なことを言われながら紙袋を受け取った。

そこで初めて理解した。あれは誘い文句ではなく、マジだったのだと。
マジに、ハンガーを、私にくれただけなのだ、と。

「重い?持てる?」と心配そうに聞いてきた彼は、間違いなくただの優しい人だった。

なんだか急に喉がカラッカラになったように感じたし、家まで送ろうかと聞いてきた彼の目を見ることはできなかった。
歯切れの悪い電話の切れ際みたいに「あ、うんそれはいい、全然大丈夫、アリガトウー、はいおやすみー」的なことを言いながら、そのアパートを後にした。

恥ずかし過ぎる

その一言に尽きた。

今日はツイてるわー絶対この流れはいけるわーこんなイージーゲームないわー、とか思ってた自分
わざわざリップを直した自分
これはこのまま告白される!とか謎に確信していた自分

深い深い穴を掘って、誰にも見つからないように埋めてしまいたかった。

静かな夜に、自転車のチェーンの ちゃりちゃりちゃり、という音が響いていた。
カゴいっぱいに乗ったハンガー達と見つめ合いながら家まで帰ったのは、きっと生涯忘れられないと思う。



時差のある優しさの受け取り方

後日、ハンガーのお礼と一緒に、ずっと聞きたかった「なんでハンガー?」という疑問を彼にぶつけると

「だって、前に洗濯物干すのにハンガーが足りないって言ってたじゃん。ずっと渡そうと思ってたんだよね」

とのことだった。
超シンプルで普通だった。

いや覚えてねぇ。ありがたいけど全然記憶にねぇ。いつの話だそれ
っていうか元凶私かーい

そのときにあのハンガー達と出会えていたら、きっと私もハンガーも、もっと幸せな形で共同生活をスタートできたはずなのに
いやありがたい。ありがたいんだけれども。
もうハンガー、買うてしもうてたんよ。

全てはタイミングだと思った。
優しさには、きっと適切なタイミングというものがあるのだ。
渡すときにも、受け取るときにも。

生きていると、「ありがたいけどそれ今ちゃうんやわー」と感じるときがある。それはきっと、そういう話なんだと思う。

善は急げ、という言葉の意味するところには、
もしかしたらそういう面もあるのかもしれない。知らんけど。

ちなみに今も、彼のくれたハンガーを使っている。
ほんと、感謝しています。ありがとう。









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