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読者は私の「文明のターンテーブル」が果たしている役割も決して小さくない事を確信しているはずである

化けの皮がはがれた「一帯一路」
2018年10月05日
以下は今朝の産経新聞の「正論」に、対中「幻滅」が世界で加速する、と題して掲載された楼田淳東洋学園大学教授の論文からである。
見出し以外の文中強調と*~*は私。

去る9月下旬、ドナルド・J・トランプ米国大統領は、国連安保理会合後の記者会見の席上、習近平中国国家主席について、「もはや友人ではないかもしれない」と述べた。
現下、トランプ大統領麾下(きか)の米国政府が展開する対中牽制政策は、貿易だけでなく人権、安全保障に至るまでの広がりを持つようになっている。
化けの皮がはがれた「一帯一路」
筆者は、この対中牽制政策がトランプ政権下の「一時の熱病」なのか、それともトランプ政権後も継がれ得る「堅い方針」なのかということに注目してきたが、もろもろの報道や証言に接する限りでは、それは後者なのだという感触を強く抱くようになっている。
現下の米国の対中牽制の論理は、冷戦初期の米国でジョージ・F・ケナン(当時、米国国務省政策立案室長)が立案を主導した対ソ「塞(せ)き止め」(containment)に倣えば、対中「追い込み」と表現するに相応しいであろう。 
こうした米国の対中「追い込み」対応が、トランプ大統領の破天荒なイメージにもかかわらず、特に西方世界諸国から懸念を招いていないのは、その裏で中国の対外姿勢に対する「幻滅」が確実に広がっている事情による。
中国政府が掲げる「一帯一路」構想の実態が、中国だけの利益を顧慮した他国の「借金漬け」援助の枠組みにすぎないという理解は、急速に進みつつある。
事実、「一帯一路」構想の中で重要な位置を占めていたインド洋周辺諸国では、スリランカやマレーシアに続きモルディブでも、政権交代の結果、前政権の対中傾斜政策志向が修正されつつある。

*直近では最も親中国家と見られて来たパキスタンも中国の一帯一路による債務の莫大な増大に異議を表明しだした* 

9月上旬、ナウルで開かれた太平洋諸島フォーラム(PIF)首脳会議では、中国特使がその無礼と傲慢を非難された。
加えて、欧州連合(EU)は、【他国に返済不能な融資を負わせないことを特色としたアジア向け資金援助】の枠組みを策定しようとしていると伝えられている。
それが「一帯一路」構想への代替・対抗戦略であるのは明白である。
 

海外メディアは厳しい論調に 
ところで、こうした対中「幻滅」を解説する論調が海外メディアでも目立っている。 
たとえば、ウォルター・ラッセル・ミード教授(政治学者)が『ウォールストリート・ジャーナル』(日本語電子版、9月20日配信)に寄せた論稿には、次のような記述がある。
「多くのアナリス卜は、中国経済が成熟すれば、同国が米国や欧州、日本の姿に近づくだろうと期待していた。…政府の社会保障制度を整えることで、中産階級社会への移行はスムーズに進むはずだった」 
ミード教授はこれに続き、一帯一路構想は、経済改革に本腰を入れることなく、拡大を続けることに狙いがあった。…これを『中国の特徴を加味した帝国主義』とでも呼ぼう】と書いた上で、その「中国の特徴を加味した帝国主義」の行方が、「帝国主義の破滅」を指摘したウラジーミル・レーニンの予見にこそ示唆されていると論じている。  
「帝国主義」対外姿勢に走った中国共産党体制の末路を予見するのが、共産主義革命の父祖であるレーニンの思想であるというのは、実にシュールな認識であると評すべきか。

日本が警戒の先駆けとなった 
また、『日本経済新聞』(電子版、9月27日配信)が伝えた『フィナンシャル・タイムズ』紙のフィリップ・スティーブンズ首席政治論説委員のコラムは、「中国は世界を変えた。しかし、世界の中国観をも変えたことをまだ分かっていないのは、あまりに遅すぎる。今の状況は、中国政府を不安にすることだらけだ」と記した上で、「中国は、能力を隠して時機を待つという慎み深さをもって、どう発展していくかそのストーリーを最初の数十年は自分たちで描くことができた。だが、今やその傲慢な態度によって、歴史を記録するペンを中国を批判する人々の手に渡してしまった」と締め括られている。
同論説委員は、中国の現状を「自業自得」と評しているのである。 
こうした海外論調での対中認識の変化を前にするとき、筆者は中国に対する「警戒」「幻滅」「共感の喪失」という点で特に西方世界諸国を先駆けたのは、実は日本であったかもしれないという思いを強くする。
日本は1989年の天安門事件の後でさえ中国に対する融和的、微温的な姿勢を崩さなかったけれども、2012年の尖閣諸島国有化直後に中国政府が演出した「反日暴動」や「レアアース禁輸」の光景に接して、その対中感情は一気に冷え込んだ。
こうした対中「幻滅」感情を反映した対中姿勢は、地勢上の近隣関係や歴史上の交歓や遺恨を顧慮する限りは、ぎこちないものにならざるを得ないけれども、それでも対中「幻滅」感情が米国を含む西方世界諸国にも広がることの意味は大きい。
それは、日本が「極東の国」ではなく「極西の国」である事情を確認させるものであるからである。      

*読者は私の「文明のターンテーブル」が果たしている役割も決して小さくない事を確信しているはずである*

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