【詩】溺死

特に意味もなく、あなたの発する言葉そのものを愛せたならいいのにね。年に一度降るか降らないかも定かではない粉雪みたいにはらはらと降って、分裂して、いつかどこかの地面で消えていくのだとしても、あなたの言葉を幻想的だと思うことができれば、あなたの吐いた優しい嘘も、逆に、人を傷つけるために吐いた嘘も、等しく意味を持たないものになって、宙に浮かんでは消えてを繰り返すその言葉たちをただただ見惚れたように眺めているだけでいいのに。それは小説の綺麗な一節を追いかけるみたいで、天体望遠鏡で遥か遠くにある星を眺めるみたいだ。みんながみんな言葉をそのように捉え始めたとき、きっと意味のないものが綺麗だと言われるようになり、すべての言葉は赦されることになるのでしょう。

まあ、そのためには、すべてがフィクションでなければならないのだけれど。

博愛主義者は、本当か嘘か、善か悪かなんて、そんなことは知りたくなくて、今日もフィクションのなかで溺死する、溺死しようとするのだけれど、いつの間にか意味を持った言葉に串刺しにされて、瀕死のまま現実に引き戻されてしまうのだった。
雪がすべて溶けて海になる、そんなことはきっと有り得ないから、現実はずっとフィクションにはなれなくて、わたし、溺死できないままでいる。

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