才能は成果に比例しない
才能が成果に比例するなら、世界一絵の上手いイラストを描く人が世界一金を持っている。
そして世界一演奏の上手いバンドが世界一CDもライブチケットも売り上げている。
でも現実はそうじゃない。
番狂わせが起こる。
世界一売れている漫画である《ONE PIECE》。
面白いと評価されているが、絵がめちゃくちゃ上手く見える訳ではない。
おそらく《進撃の巨人》とかも絵はそんなに上手くないのだろう。
格闘技界で言うと路上の伝説こと《朝倉未来》。
一番強い訳ではもちろんない。
バンドで言うなら《ビートルズ》。演奏ならもっと上手い人がいたはずだ。
トップ女優である《有村架純》や《浜辺美波》。世界一の美人かと言われると、東京に、なんならクラスに1人はあのレベルの美人はいたと記憶している。思い出補正なのかもしれないが…。
しかし前述した者たちはハチャメチャに売れている。
なぜこんなにも売れるのか。他と差がつくのか。
僕が思うに知名度だと思う。
名声や評価が更なる名声や評価を生むのだろう。
YouTubeなどで積極的に発信し、アピールする。
みんな《良い物》ではなく、《人気のある物》を盲目的に評価している。
吸い寄せられていると言っていいかもしれない。
何時間も歩いた先にある二郎系のような隠れた名作ではなく、徒歩2分で買えるコンビニで買えるカップラーメンといったような目に見えるもので満足できる。
JKローリングは名義を変えて小説を出版した。
しかし大して売れなかった。
そこで本名を明らかにしたところ、爆発的に売れた。
大衆がネームバリューで選んでいる証明になった。
ブランド物や名画を高値で買うのは全く同じだ。
その作品に価値があると思う心理は、周りの人間の刷り込みが大きそうだ。
鬼滅の刃がそうだろう。
「周りが面白いというから観に行った」
それが重なり歴代最高売り上げを記録した。
純粋な面白さなどない。
面白いかどうかの本質や定義はどうでもいい。どう面白いのか、価値があるかを大衆に錯覚させるかだ。
そもそも才能というものが曖昧だ。結果論でもあるだろうし。
立ち回りで自分を正義やメジャー感に錯覚させる事は可能だ。
そしていざ一度でも大衆を味方につけられれば、あとは下り坂だろう。評価の輪が膨れ上がるのは時間の問題だ。
まずその分野の実力ではなく、コミュ力といった立ち回りを学ぶのが先だろう。
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