見出し画像

育休中に亡くなった父への思い①

第2子を出産して育休中に父が亡くなりました。

82歳でした。

「いつかは自分の親もいなくなる時が来る・・・」
なんとなくは覚悟をしてはいましたが、今でも父が亡くなったなんて信じられません。

先日、納骨を終えましたが、自分の中では、まだ気持ちの整理ができずにいます。
自分の気持ちを整理するためにも亡くなった父への思いをnoteに書きたいと思います。


入院して体調が悪化


認知症の母とサ高住(サービス付き高齢者住宅)で生活していた父はパーキンソン病、腎機能低下など様々なリスクを抱えながらも自分の生活を楽しんでいました。

今年に入ってから体調が悪い日が続き、3月20日に救急搬送されてそのまま入院することになりました。

体調が悪化した原因は化膿性脊椎炎。

救急搬送された病院は長期の入院ができないため、治療の途中でしたが、転院することになりました。

転院してからしばらくして、父の体力は落ち、食事もだんだん摂れなくなってしまいました。もともとの持病のパーキンソン病も悪化。
ちょっとした動きで血圧が急激に下がり、意識を失うほど症状は悪化してしまったのです。

この状態では、「退院後、サ高住での生活は厳しいだろう・・・」ということになり、24時間看護師がいる療養型医療施設へ移ることにしたのです。

母と父は別々に暮らすことになってしまいました。

施設に入居してから完全に食事がとれなくなった父


施設に移ってから、1週間たった日に施設から電話がありました。

「お父様が誤嚥性肺炎の可能性があり、意識がない状態です。」

慌てて施設へ行くと医師から「救急搬送するか施設でできる処置をするか、どうしますか・・・?」と聞かれました。

さらに「病院に搬送されても、今の状態が良くなるかは分からないし、搬送による移動で体にも負担がかかる場合がある」と言われました。

この時、私はとっさに判断することができず、そのまま時が止まったような状態なりました。

考えたあげく、施設に入居する前の父の意向もあり、緊急搬送はせずに施設でできる処置をしてもらうことにしたのです。

しかし、もしかしたら、この時の判断が父の命を早めてしまったのかと後悔を感じる時があります。
「病院に搬送していたら、もう少し回復したかもしれない・・・」と。

その後、父は意識を取り戻したものの、以前のように意思疎通をはかることができなくなってしまったのです。
こちらの言っていることは分かっているようですが、自分の意思を声にだすことが困難な状態に・・・。

たまに、かすかな声で話すことはできましたが、ほとんどが聞き取れない状況・・・。

そして、誤嚥性肺炎の危険があるからと、食事は完全にストップされ、点滴のみで水分・栄養をとる状態になってしまったのです。

完全に寝たきりの父・・・。
自力で体を動かすこともできないし、自分の意思を伝えることも困難な状態になってしまいました。
食事はとれず、点滴のみで生かされているという状態。

「果たしてこの状況を父はどう思っているのだろうか・・・」

「きっと辛いに決まっている・・・」

このような考えが頭の中をめぐります。

施設の医師や看護師からは「いつ何が起きてもおかしくない状態です。この状態から回復するのは難しい・・・」と言われ、父の死を覚悟し始めました。

父にとって食べれないことは、とても辛いことだった

いつ何が起きてもおかしくない状態と言われた父。

状態は日々変化し、ずっと寝ている状態の時もあれば、目を開けたままボーとしたままの日もありました。

しかし、そんな状態でも少しだけ会話ができる時もあったのです。

父は、必死に何か伝えようとしていましたが、声がかすれてよく聞き取れません。耳を近づけて、ようやく父が何を言っているのか理解できました。

父が必死に伝えようとしていたことは、

「飯が食いたい・・・・」でした。

とても辛そうな表情で訴える姿を見て、「誤嚥性肺炎の危険はあるけど何か父に食べさせてあげたい・・・。」という思いが強くなりました。

看護師さんに「父に飲み物だけでもとろみをつけて少しだけ与えることはできないか?」と相談してみることにしました。

看護師さんからは、「飲み込むことができれば様子をみながら飲ませてもいいよ」という許可をいただいたので、父が好きだったオレンジジュースにとろみをつけて口に入れてみました。

父は、何とか飲み込むことができ、ティースプーン5杯のオレンジジュースを飲むことができました。

この様子を見て、私は、「医師や看護師は回復の見込みはないと言っていたが、もしかしたら徐々に食べれるようになるのではないか」と淡い期待をいだいたのです。

その後も、父の体調は、小康状態でしたが、飲み物が飲めるときは、父に飲ませました。

しかし、だんだんと飲み込む力が弱くなってしまい、飲ませた後に吸引しなければならない状況になってしまいました。

看護師さんからは、「飲み込む力がだいぶ弱くなってきたから、飲ませるのは控えたほうがいいかもしれない。」と言われてしまったのです。

しかし、そんな状態にもかかわらず、父は「飯が食べたい。細かく刻めば食べられる・・・」と必死に訴えます。

必死に訴える父の姿を見て「誤嚥性肺炎の危険があるから駄目だよ!」とも言えず・・・。
「看護師さん相談してみるね。」と言ったのが、父との最後の会話になってしまいました。

長くなりそうなので、続きは次の記事に書きたいと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?